lovin' you -1-



進児とマリアンの結婚式のために新婚の王子と妃は船に乗り
4日かけてレオン国に向かう。

仲睦まじい王子たちを船員や王子の側近達は優しい目で見守っていた。

船の舳先に立つ妃を背から抱きしめる。



黒髪が海風になびいて王子の頬に張り付く。


「ファリア…海が懐かしいか? 恋しいか?」

「え?」

「なんだか今にも飛び込んで行きそうな気がして…」

エメラルドの瞳を細めて彼は告げる。

「確かに…懐かしいけど…それだけよ。」

「そうかい?」



王子は不安を感じていた。
妃としたのは人魚姫。
自分に恋した彼女は悪い魔法使いに頼んで人間になる薬を貰い…
自分の前に現れた。


大昔の伝説などで…人間の男が人魚の乙女に恋する話を聞いたものだが
まさか自分が恋されるとは思いもしなかった。

彼女の正体を目の当たりにしても失いたくないと思えるほど愛してしまった。

今、腕の中にいる美しい乙女がいつか海へと帰ってしまうのではないかと
不安になる瞬間がある。



「ファリア…風に当たるのはあまりよくない。中に入ろう…」

「はい…」

寄り添い合う二人は船室へ。






―夜

錨を下ろし停泊する船。

王子たちの部屋には誰も近づかない。
ベッドの中で激しく愛し合う新婚夫婦…



ふと夜中に王子の腕の中で妃は目覚める。
名前を呼ばれた気がした。


ショールを羽織り、デッキに出る。
穏やかな海―


海面に三日月が映りこみ、見ほれるほどに美しい―



『−−−ファリア』

やはり誰か呼んでいる。

「−−−誰?」

『−−−あぁ、やっと気づいてくれた』


「−−−誰なの?」

誰何するとやっと名乗る声。

『−−−私… ネプチューンの娘・あなたの従姉のジョーンよ』

「−−−ジョーンお姉さま?!何処?」

周りを見渡すが姿が見えない。


『−−−ここに…』


ふと船体の大きな鎖の元に見えた、美しい金の髪の人魚の姿。

「どうなさったの?」

「あなたに相談したい事があって…」

「解ったわ。」

ファリアはショールを脱いで、海へ飛び込む。



「お久しぶりね、ジョーン姉さま!!」

「えぇ…あなたが人間になって人間の男性と結婚したと聞いて、
驚いたわ。」

「えぇ…ごめんなさい。突然の事だったの…
…?! お姉さま、その髪…!!」

目の前のジョーンは美しく長い金の髪を持っていた。
しかし目の前の彼女の髪の長さは肩上までしかない。


「一体、どうなさったの??その髪…」

「私、ある魔法使いに頼んで…人間になる薬を貰ったの。
その代償に髪を…」

「そう…って!? 人間になる薬?まさか…お姉さままで??」

「えぇ…でもあのお方… ずっと同じところにいらっしゃらなくて…
ずっと旅してらして。それで陸へ行ったあなたに…
調べてもらえないかと…」


ジョーンは切なそうな目でファリアに懇願する。

「どういうことなの?お話して下さる?」

「私…2ヶ月ほど前にある人間の男性と出会ったの。
うっかり人間の網に引っかかってしまった私を助けてくださった方…
ヘイゼルの髪とブルーの瞳の…ビルという方…」


うっとりと夢見るような瞳でジョーンは話す。

「ビル…」

繰り返すようにファリアは口にする。

「初めてお会いしたのは、テンガロ国の浜辺。
次にお見かけしたのはセレス国の沖の船の上。
その次はカトラス国の入り江…」


「確かにそれって旅してるということね。
ヘイゼルの髪にブルーの瞳しか解らないんじゃ調べようがないわ。

地上にはそのような方、たくさんいらっしゃるもの。」

「えっと、確かテキサ国の王子だって…」

「王子?」

「えぇ…。」

「そう、それなら夫に聞いてみるわ。
明日の夜に来てくださる?」

「えぇ…解ったわ。
ありがとう、ファリア。」

「いいえ。あなたの気持ち…解るもの。
何とか調べてみるわね。」


ジョーンは沖へと泳ぎ出す。

見送ったファリアははたと気づく。

「どうやって船にもどればいいの…???」


周辺を見渡すと…真っ暗な海と浮かぶ船と大きな鎖。
思案していると小船で櫂を漕ぐ音。

「え…?」


小船には人影がふたり。

「あぁ…やっぱり。」

声の主は夫・リチャード王子。

「え?!」

「さっき、水音がしたんで気になってたんだ。
見に出たら君が人魚と話してるだろ?
上に戻れなくなってるんじゃないかって…」

「ごめんなさい。心配かけて。」


しょんぼりと夫に謝る。

「で、話は済んだの?」

「今夜はね。」

「… 何かあったのか?」

「少し相談があるの…あなたに。」

「僕に? ま、何でもいいや。とりあえず上がろう。」

「…はい。」


リチャードは愛する妃をガウンで包む。
船室に戻るとファリアは正直に話し出す。



「私の従姉の人魚が人間の男性に恋してるの。」

「おや…君の血筋はみなそうなのかな?」

「茶化さないで!! 真面目なお話。
お姉さま…自慢だった髪を代償にしてまで人間になる薬を手に入れたらしいの。
けど… やっぱり期限があるから、今は飲めないって。
その人が何処にいるのか調べて欲しいと…私を頼ってきたのよ。」

腕を組み妃の話しを聞いていた。

「…そうか。で、何処の誰か解っているのか?」

「…テキサ国の王子・ビル様ってご存知?」

「ん?あぁ…知ってるよ。子供の頃も知ってるし
大きくなってからは…2度ほど。
父の代理でテキサ国に行った。
1度目は父王の葬儀。2度目は王妃様の…」

「え?! じゃ、ご両親をお亡くしに?」

「あぁ。だから即位のできる18歳になるまで大臣達に国を任せて
諸国を廻っているという事だ。
確か今年…17だったな。」

夫の言葉に納得する。

「そうなの…だからお姉さま、いろんな国でお見かけしてるんだわ。」

「何処で見てるんだ?」

「初めてあったのがテンガロ国の浜辺。
次がセレス国の沖の船の上…次がカトラス国の入り江だと。」

しばしルートを考えたリチャードは答える。

「ふむ…そのルートなら次は進児の国レオンだな。」

「え?」

「どちらかというと海沿いの国を廻っているようだし…おそらく。
進児たちの結婚式の招待状を受けてると考えれば…多分、会えるよ。」

「ホントに?」

「あぁ…」

「そう、じゃ明日、お姉さまに報告出来るわ♪」




翌晩、夫に小船を出してもらい、ジョーンに会う。
多分会えると話すと喜んでいた。


「私と夫が会えたら、お知らせするわね。
5日後位にはレオン国にこられるはずよ。」

「そう…ありがとう。ファリア。あなたのご主人にお礼を…」

「あぁ、ここにいるの。紹介するわね。」

「えっ!?」

突然の事にジョーンは驚く。
黒いマントを目深に頭からかぶっていたのでまさかその人とは思いもしなかった。

フードを取ると柔らかそうな金の髪の貴公子。

「リチャード…こちらが私の従姉のジョーン。
ジョーンお姉さま…こちらが私の夫のリチャード王子よ。」

リチャードは初めてファリアとマリアン、ポセイドン以外の人魚に会う。
確かに美しい金髪にブルーアイ、ラベンダー色のうろこの人魚。

「初めまして…ジョーン。
僕が彼女の夫のリチャードです。」

「あ…初めまして。ジョーンです。」

ジョーンは驚いた。
ビルと同じように好奇の目で見ない人間。

「どうかなさいましたか?」

彼が声を掛けると我に返る。

「あ…私、ビル様以外の人間に…まともに会うの初めてで驚いてしまいましたわ。」

「はは…そうですか…」

笑顔を見せる彼にジョーンはほっとした。


「ファリア… あなたもいい方に巡りあえたのね…」

「え?」

「とても優しい目をしてらっしゃるわ。それに…」

「それに?」

「それにとてもあなたのこと…とても愛してらっしゃるって解るわ。」

「あ…」

思わず頬を赤らめる妃。

「幸せなのね…ファリア。」

「えぇ…」

「人魚である事を捨てても、幸せになれるって良く解ったわ。
ありがとう、ファリア。
あなたのおかげで勇気がもてるわ。」

「そう…」

はにかむ顔をファリアは従姉に向ける。

「それじゃ、5日後に…」

「えぇ…」

海の中へと帰っていくジョーンを見送る二人。





二人は小船で戻っていく。
船室に入るとリチャードは抱きしめキスする。

「ん…ッ!! リチャード…」


彼の唇が震えているような気がした。


「どうか…したの?」

「あ…いや…」

毅然と振舞いたいけれどなれない自分がいた。
弱さをさらけ出したくない。


夫の様子を見て妃である彼女は告げる。

「…リチャード… 私、あなたを信じてます。
…愛してます。ずっとそばにいます…」

ぎゅとファリアは夫に抱きづく。

長く艶やかな黒髪を彼は愛しげに撫でる。

「…ファリア…」

「はい…」

震える声で彼が耳元に告げる。

「僕は時折、不安になる。」

「何が不安なの?」

「君が…ある日突然、海に帰ってしまうのではないかと…」

「え?」

「さっき、君の従姉が言っていただろう。
"人魚である事を捨てて"と。
僕に出会う前、君は人魚姫で、僕の知らない海の世界で
…泳いでた。暮らしていた。
いつか君が僕を捨てて、帰ってしまうのではないかって…」

声だけでなく身体も震えているのが解った。

「リチャード…あなた… 
私、確かにあなたの言うとおり、
あなたに出会う前は…人魚。
あなたに出会って私は変わった。
あなたのそばにいたいって思って…人間になった。
人魚である事を捨てた。

でも…もう戻れない。
確かに人魚は寿命は長いけれどそれだけ…
ずっと片思いで苦しむ位なら… 人魚である事なんて意味ないわ。

だから捨てた。寿命が短くてもいい。
あなたのそばにいたいの…信じて…
信じてください…」

リチャードの広い胸に顔を埋めてファリアは告げた。
彼の腕に力が入る。

「君は…命を削ってまで…それまでの世界を捨ててまで…
僕のそばにいたいと…?」

「えぇ…そうよ。マリアンもそう望んで進児様の元へ。
ジョーンもそれを望んでる。
少しでもそばにいたいと…」

しばし抱き合うふたり。






「私だって…不安なのよ。」

「え?」

「人間としてちゃんと生きていけるか…
あなたの妃としてやっていけるのか…
未来の王妃としてやっていけるのか…って不安なのよ…」

ファリアの顔を見てリチャードは気づく。

「…!? そうか、そうだったのか… ごめん。
僕がしっかりしなければいけないんだね?」

夫の顔を覗き込んで見つめるサファイアの瞳。

「でも…私の前では…ふたりだけの時は… ただの男になってください…リチャード…」



頬を染めて腕の中に身を預ける。

「…ファリア。」

「あなたの強さも弱さも…愛してるから…」

「僕も君のすべてを愛してるよ。人魚でも人間でも…」




元人魚姫の恋と王子の恋は熱く激しく燃え上がっていた―――






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(2005/9/17・2020/09/14加筆改稿)



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