Labyrinth -6-



次の日の昼…


「リチャード、ちょっと出掛けようぜ!!」

ビルは明るい声でリチャードを外出に誘う。

「どこに行くつもりだ?」

「ちょっと、遠乗り・・・のつもりだけど?」

何か企てがあるよう様な気がしたが、乗ってみることにした。



ビルは西へと向かう。


「…ちょっと待て、ビル。」

「ん?」

「山脈を越えるつもりなのか?」

目の前には国の西側を南北に貫くコローム山脈が横たわっている。

「ん?まぁな。」

「まぁな、じゃない!!それって遠乗りじゃなくて、遠出だ!!」

叫ぶリチャードに対して、ビルはいたって普通のテンション。

「お前、ここまで来ておいて・・・・」


すでに馬の歩みは山脈を越える山道のふもとまで来ている。

「気づいてるんだろ?俺が向かおうとしてるところ。」

「…まぁな。」

お互い短くない時間を共に過ごしてきた仲間。
たいていのことは解るつもりだった。

「じゃ、いいじゃねぇかよ。俺、実はお前が惚れたっていう乙女に興味アリなんだ。
一目見てみたいしな。」

笑顔でビルは切り返している。


はぁ・・・とリチャードの唇からため息。

「…お前なぁ・・婚約者がいるのに。」

「馬鹿野郎!! 誰がおめぇの女に手ぇ出すかよ!!
単なる興味だっっつーの!!」


ビルの発言に切れてしまうリチャードがいた。

「ビル。頼むから僕を馬鹿扱いしないでくれよっ!!」

「それが人にモノを頼む態度かよ!!」


リチャードとビルがわぁわぁと山道への道のど真ん中でやり取りをしていると馬車がやってきた。


「あぁ。やっぱ、ここにいたか。」


聞き覚えのある声が耳に届いたので振り返る二人。
振り向くとそこには馬車の御者席で手綱を持つ進児の姿。
馬車の中にはマリアンとジョーンが乗り込んでいた。

「ビルとリチャードが出掛けて行ったって聞いてさ・・・・まさかな、と思って追っかけてきたんだ。
せっかくなんだ、みんなで一緒に行ってみようぜ、トリスタ大神殿に。」

「マジかよ?」

ビルが進児たちに突っ込む。

「勿論よ。ビル、置いて行くなんてひどいわ。」

馬車から下りてきたジョーンに言われ焦るビルがいた。

「しょうがねーなぁ・・・」

「それは僕のセリフだ、ビル。」


「だって、リチャードの恋の行方を見届けたいしな。」

進児がリチャードに向かって言うと、3人ともうんうんとうなずいていた。


再び、はぁ・・・とため息をつくリチャード。

「もうこんな夕方だ。
近くの村に引き返して、明日、山脈を越えよう。」

「そうだな。」

進児も同意していた。

男だけなら夜に山脈越えも可能だが、馬車の女性陣がいる。
無理はさせられない。


5人となった一行は道を引き返して、一番近い村で一泊し、翌朝、山脈を国境を越えていく―――



一日かけてキーリス国の首都・バラウスに到着。
夜だったため、また宿屋に。

ここまでくればあと半日でトリスタ大神殿に。


次の朝、5人はトリスタ大神殿へと。


昼過ぎに到着するが、そこには参拝客が長蛇の列を作っていた。

「すげーな。なんであんなに並んでるんだよ?!」

ビルが思わず叫んでしまっていた。

「あんたらも噂を聞いて来たんじゃないのか?」

後ろに並んでいた、青年が声をかけてきた。

「え?噂??」

進児が問いかえす。

「そう。月神殿から修行に来てる神官さんがえらい美人って噂でな。
一目見ようとやってきたんだ。
あんたら、違うのか?」

「…。」

リチャードにはすぐ解った。彼女のことだと。

「運のいい人は見られるらしいけど、日によっていたり・いないみたいでさ。」

「…そうなんだ。」

ビルと進児は思わずリチャードを見る。




「ビル、進児、ちょっと。」

二人を手招くリチャードがいた。

列から少し離れる。

「何だ?」

「…僕は神官様に会いに行ってくる。
みんなは、待っていてくれ。」

「え?」

「僕一人なら、きっとすぐに神殿に入れてもらえるから。」

「マジで?」

「あぁ。神官のエルフィト様に頼んで…彼女に会ってくるよ。」

「…そっか。頑張れよ、リチャード。」

「あぁ。ありがとう。ビル。」



リチャードは人波から離れ、神殿の裏側にある裏口に回る。
案の定、二人の門番兵が立っている。


「あの、神官・エルフィト殿に面会をお願いしたいのですが?」

ぎろり・・・といかつい体格の門番兵が彼を上から下へと一瞥した。

「あなたは?」

「ドメス師の弟子で、パーシ神殿の見習い神官・リチャードと申します。」

見習い神官と聞いて、少し顔色を変えた男は態度を改める。

「少々、お待ちを。」

相方の兵を残して、いかつい男が中へと消えていった。



10分ほどしてエルフィトが門番兵と共にやってきた。

「あぁ。リチャード殿!! 来て下さったとは・・・」

満面の笑みで彼を迎え入れてくれる。
門番兵たちはその様子を見て、ほっとしていた。

「すみません。こんな早々にお訪ねしてしまって。」

「いえ。私もあなたに使いをやろうかと考えていたところでして。」

「使い?」

思いがけない言葉にリチャードは聞き返す。


「実はあのあと、ファリア殿をここに連れ帰ったのはいいのですが
…3日前に倒れてしまって。」

思いがけない言葉にリチャードは面食らっている。

「えっ!?ファリア殿がっ?!原因は?」

「貧血…ですが、脱水症状も起こしてしまっていて・・・」

「なんでまた? 確かにもともと細い・・・というか華奢な方だとは思っていましたが。」

「その・・・ここに来られてからほとんど食事をしていなくて。
なのに、参拝者の前に出たりして無理をしたせいだと、医者が。」

「…。」

「そしてやっと何故、食事をしていなかったのか解りまして。」

「何です?」

エルフィトは思わず顔を伏せてしまう。

「その・・・あなたに恋してしまったらしいのです。」

「?!?」

エルフィトの言葉に驚愕するリチャード。

「ファリア殿の話によると、初めて会ったときから気になっていたと。
そして、日々を過ごすうちに惹かれていく自分がいたのだと。」

「ファリア殿・・・」

彼女と自分が同じ思いを抱えていたことに気づく。

「あなたが去られてしまって、ファリア殿は・・・」


涙ぐみ、嗚咽をこらえるエルフィト神官がいた。


「彼女はどこです?会わせてください。」

「えぇ。こちらです。」


エルフィトは彼を部屋へと案内する。




衰弱し、横たわるベッドの上のファリアを見て、リチャードは愕然とした。

二人でチェスを楽しんだ時とまるきり違う、今にも消え入りそうなほど白い肌に白い顔。
白い唇。


「ファリア殿?」

リチャードが声をかけるが反応がない。
エルフィトが手を取るが異様に冷たく、脈が感じられない。


「ファリア殿? 大変だ!! 医者を呼んできます!!」

慌ててエルフィトが部屋を飛び出していく。

リチャードは彼女の頬を撫でてみるが、やはり冷たい。

「嘘・・・だろう? 僕が去ってしまったから?
僕が想いを告げに来るのが遅かったから?
ファリア殿・・・すまない。
遅くなってしまって・・・
僕は君を愛してる。
何者にも代えられないほどに。
お願いだ!!
せめて、結婚なんて出来なくてもいい。
君のそばにいさせてくれ。
ファリア・・・生きてくれよ…」


白い手を握り、リチャードは涙を流しながら懇願する。
そっと優しく冷たい唇に唇を重ねた。
長いまつげはちっとも動かない。


「愛してる…」


想いを込めて、彼が再び口づける。

その時、部屋にエルフィトと医者が駆け込んできた。

ふたりはファリアの容体をみるためにベッドサイドへと来る。

リチャードが口づけているのは神聖な行為に映っていた。


「目を開けてくれ、頼む・・・ 愛してるんだ。」



その光景に二人も涙してしまう――――



どれだけの時間が過ぎたのか――

まつ毛が震え、瞼がゆっくりと開いていく。


「ん…?」

リチャードの涙がファリアの目元を濡らしていた。


「え…? リチャード様?」

「そうだよ。君のリチャードだ。 迎えに来た。」

「…天国?」

「別の意味で天国かもね。
ファリア…僕は君を愛してる。
君のそばにいたい。
なんなら僕も神官になる。
だからそばに居させて欲しいんだ。」

そう言いだした彼の顔をじっと見つめ、彼女は口にした。

「リチャード様…馬鹿ね。」

「君もそう言うのか?」

彼の言葉にかまわず、乙女は話し出す。


「私、神官辞めたいって…大神官様に告げたわ。
でも受け入れられなかった。
…あなたが去ってしまって、苦しくて辛くて。
私、もう生きたくないって思えた。
食事も砂を噛んでるみたいだったの。
一人で生きててもしょうがないって・・・」


「ファリア・・・」

彼女が自分を同じ思いをずっと抱いていたことに涙する。

「私、初めてあなたに会った時、何かを感じたわ。
すぐに自覚できなかったの。
ふたりでチェスした日…やっと解ったの。
あなたが好きって。
あの夜、あなたに助けてもらって、一瞬、唇が触れたときに生きてて良かったって思えたの。」

リチャードは眼を細めて、彼女の言葉を聞いていた。

「…僕もだよ。あの時に。」


ふたりはぎゅ…と抱き合う。
お互いの涙が肩と胸を濡らしていた。


「エルフィト殿。このふたりは・・・」

「あぁ。離れるべきではないようだ。」

医者とエルフィトはつぶやくように話していた。



「エルフィト殿。」

リチャードが振り返り、声をかける。

「何だね?」

「このまま、ファリアをさらって行ってしまいたいぐらい、彼女を愛してます。
やはり許されませんか?」

エルフィトは穏やかな瞳で彼に返す。

「…さっき、神官のファリア殿は亡くなった。
ここにいるのはただの乙女のファリア。
いや、亡国の王女と云った方が正しいか。」

「え?!」

「ファリアは15年前に滅んだシーヴァ国の王女だったのだよ。
もう国も家族も存在しない。
シーヴァ国の神官が彼女を救出していてね、この神殿に預けられていたんだ。」

思わずリチャードはファリアを振り返る。

「…そうなのかい?」

優しく彼が問いかけるとこくりとうなづいた。


「司祭様と大神官様には…神官のファリアは亡くなったと伝えておきます。
彼女はただの乙女になって行ったと。」

「そんな嘘を言う必要はない。」

ファリアが亡くなったかもしれないと聞きつけた司祭と大神官が部屋に来ていた。


ふたりとも驚きと安堵が混ざった表情。

「まさか、こんな日がこようとは思いもしなかったよ。」

「え?」


ファリアが怪訝な顔を司祭たちに向けていた。

「亡国の王女…世間では可哀想だと同情されるだけだろうからと
神官の道を歩ませることにした。
そして月神殿の司祭がふさわしいと…
しかし君に、リチャード君に出会ってしまった。
生命を揺るがすほどの想い…

…リチャード君、君にファリアを託そう。」

「えっ!?」

司祭の言葉にリチャードは本気で驚く。

「もう彼女は一人の乙女になってしまっている。
さっき、エルフィトが言ったようにな。
…ファリアよ、そなたの幸せを祈っているよ。
誰よりも私たちが。」

彼女を滅びゆく王城から救出していたのは司祭本人。
この15年間、成長を見届けていた。

「ローハン司祭様…」


「もう少し身体を回復させてから、彼と行きなさい。
いいね?」

「…はい。」


父親のように慕っていたローハン司祭に言われ、素直に従う。



「あの、すみません。僕、少し出てきます。」

「え?!」

ファリアは小さな子供のように彼の袖を掴んでしまう。

「あぁ。すまない。
実は神殿の参拝の列に僕の修行仲間たちがいるので。
彼らに話してきます。
ファリアのこと、お願いします。」

司祭たちにそう告げると、彼女に振りかえり、優しい笑顔を向ける。

「心配しないで、すぐに戻ってくるから。」


ファリアはやっと袖を話して、うなずいて見せた。

「では、失礼。」


*****


リチャードは神殿の前にまで来ていた4人を見つける。
駆け寄るとみんなが笑顔で出迎える。

彼の様子が笑顔だったから。。。。。

「みんな、ここまで来ていたか。」

「まーな。で、どうだった?」

一瞬、照れくさそうな顔になるリチャード。

「その…実は僕といっしょに行けることになった。」

4人は拍手喝采。

「やったじゃねーか!!」

ビルが自分のことのように喜んでくれる。

「でも…

「でも?」

「その…彼女の体力が、衰弱していたからしばらくしてからになるんだ。
だから、みんなは先に帰っててくれないか?」

「へ?」

「たぶん、1週間か10日くらいで戻れるとは思うんだけど。
ドメス師宛てに手紙を書くから…」

リチャードはみんなに申し訳なさそうにしている。


武者修行の旅をする前の彼なら、そんな物言いをしたことはなかった。
ビルも進児も彼女がリチャードを変えたと理解する。

「解ったよ、リチャード。
とりあえず、ここまで来たんだし、参拝して帰るよ。」

「あぁ。ドメス師によろしく伝えてくれ。」


リチャードは4人と別れ、ファリアの元へ――――




******

リチャードの献身的な看護のかいもあって、ファリアは1週間ほどで、すっかり元気になっていた。



「リチャード殿。」

廊下を歩いていた彼を呼びとめたのはエルフィト。

「エルフィト殿? 何でしょう?」

神官は彼に包みを差し出す。

「これは…神官仲間からの餞別です。あなたに。」

「僕に?」

「えぇ。あなたも修行された身ですから。
あなたのファリアへの愛情はみな、理解していますから。。」

彼は胸に迫るものを感じていた。

「…ありがとうございます。」


受け取り開けてみると、まとまった金額のお金と小さな女神像。

「!? いいのですか?僕が受け取っても?」

「えぇ。ファリアを幸せにしてやってください。」

エルフィトたちの想いを重く受け止めた彼はうなずいて見せる。

「はい。必ず。」

リチャードの真摯な表情を見て、エルフィトは言葉を続ける。

「明日に出発なさると伺いました。
その前に神殿の祭壇に寄って下さい。」

「? …はい。解りました。」


笑顔でエルフィトは去っていく。




*****

次の朝――


ファリアは感慨深げに神殿内を歩く。

幼いころに預けられた日のことや、
パース神殿に向かった日、ローハン司祭に見送られたこと。


様々なことが思い出される。

「ファリア… エルフィト殿から神殿の祭壇に寄るようにと云いつかってるよ。」

「え?そうなの?」



二人が連れだって祭壇へと向かう。

神官たちがずらりと並び、神像の前に司祭たちの姿――――


「こちらへ、リチャード殿。ファリア。」

「「はい。」」



ふたりが前に歩み寄り、そしてかしずく。
司祭が手をかざす。

「二人の未来に幸せと安らぎを・・・・」


リチャードたちのために神官たちも祈る。

ふたりの瞳からは涙があふれ出していた。


「ファリア。幸せにな。」

「はい。ローハン司祭様…」

司祭とファリアは抱き合っていた。


「リチャード君との結婚式はここでするようにな。
日にちが決まったら、知らせなさい。」

司祭の父親のような思いを知って、さらに涙があふれ出す。
手で涙をぬぐうがそれでもしずくが胸元を濡らしていた。

「…はい。」

「リチャード殿、よろしく頼むぞ。」

「はい。もちろんです。」



二人は幸せに満ちた笑顔で涙を流しながら、神殿を後にする。


神官たちに見守られながら… 二人の手は固く繋がれていた―――――





end


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(2010/02/09)


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