kitten -7-






ルヴェール公爵は、午前中に馬車を城へと向かわせる。


リリーは公爵邸の自室に置いてきた。

邸の者には一切口外しないようにと緘口令をしいて。




城に着くといつもよりどこか せわしない様子。


小走り気味の使用人の一人に声をかけてみた。

「あ。ルヴェール公爵様。」

呼びとめられた相手がすぐ どういった人物か解った時点で恭しく挨拶する。

訳は解っているが、あえて問いかける。

「一体、何かあったのかね?」

「その…殿下の愛猫が3日ほど前から行方不明なのです。
どこかに入り込んではしないかと、事故にでもあってるかもしれないからと
皆で探しております。」

「そうか。。。。殿下はどちらにおいでに?」

「殿下は執務室でございます。」

「うむ。」

再び頭を下げて、使用人はあわただしく立ち去る。


使用人までもが本気で心配している様子。
リチャード自身もかなり、心配しているであろうと この時点で察しが付く。


「殿下、失礼いたしますぞ。」

ルヴェール公が執務室に入ると、いつもと違う表情で机に向かう姿。

 『!?』

その表情に固まってしまった。

今まで見たことないほど、憔悴しきった姿。

愛犬サーベルを失った時以上の悲痛な表情。

「殿下…」

ルヴェール公の言葉で顔を上げる。

「あぁ…ルヴェール公か。久しぶりだな。」

力ない彼の言葉が公の心を揺さぶる。

 『これが…リチャード殿下なのか? リリーを失っただけで、こうなってしまったというのか?』




「殿下、事情はお聞きしました。大丈夫でございますか?」

「…」

答えない うつろな彼に近づく。


 『思っていた以上にダメージが大きいようだ。』


彼の姿を前に、じっと黙考する。


「殿下、また来ます。」


踵を返して、執務室を後にする。

向かった先は国王陛下の接見室。

「陛下!!」

「あぁ、ルヴェール公、来てくれたのか。リチャードに会ってやってくれ。」

「もう会いました。」

「そうか。あやつ、猫のリリーがいなくなってしまったことでかなり落ち込んでおる。
何とかならんものか?」

国王が父親の顔をしていることに、ルヴェールは少し安堵した。

「陛下。リチャード殿下を私に預けて下さりませんか?」

「ん?」

「私が殿下を立ち直らせて見せます。」

「おお!! さすがルヴェール、頼もしい。
どうかよろしく頼む!!」

思わず頭を下げた国王にルヴェール公は驚くが、あることを告げる。

「…陛下、ひとつ お願いがございます。」

「何だ? なんでも申してみよ。」

「…殿下の婚約を破棄してください。」

「!? なんだと、理由は?」

思いがけない言葉に国王は問いかける。

「あの状態の殿下ではいずれにしても、しばらく結婚は無理でしょう。
婚約者の令嬢の時間を無駄にしても可哀想です。
殿下が元に戻るまで、どれほど時間がかかるかもしれませぬ。
その間に新しい婚約者も出来ましょう。」

ルヴェール公のもっともな答えに、思わず感心した。

「…わかった。とりあえず、そうしよう。」

「ありがとうございます、陛下。
では殿下は私の邸へ…」

「うむ。頼むぞ。」



こうして、リチャードはルヴェール公爵邸へと。



*******





ルヴェール公爵邸の使用人たちもぎょっとした。

いつもの凛々しい皇太子ではなかったからだ。


客間を用意させ、その部屋に彼を休ませる。



公爵はそっと、籐のかごに入れてリリーを連れていく。

リリーはかごの網目から、外を見て驚いた。

目に映ったのは憔悴しきった、無気力な彼の姿。

しばらく かごをリチャードの部屋に置く。



公爵の自室にかごが戻ると、
のそりと中から出てきた猫の姿の彼女に問いかけた。

「ファリア姫。殿下はあなたがいなくなったことで、かなり参っておられる。
確かに受け入れがたい事ではあるが、事実は事実。
そなたが猫から人間になる瞬間を見せれば納得されよう。
その上で、猫のリリーか人間のファリア姫。
殿下がどちらを望まれるか…
確かめてみようではないか?」

ルヴェール公の言葉をじっと聞いていた猫のリリー。

「…」

しばらくして、リリーは窓辺に行くとはぁと息をかけた。
そこに"Yes."と手で書く。

「では、今夜、そなたの前に殿下をお連れしよう。」







*****


深夜、ルヴェール公爵は皇太子の部屋を訪ねる。

「殿下、私の邸に来ていただいたのには訳がございます。」

「…そうか。」

気のない返事しか返ってこない。
どこかうつろな彼にため息が出る。

「…何があっても、事実と受け止めてください。」

「何のことだ?」

訝しく感じた彼は公を見上げる

「行けば解ります。」


公は彼を書斎へと。

出窓の下に籐のかごが置かれていた。


二人が書斎に入ると籐のかごから、黒い毛並みの子猫が姿を現した。

「!! まさか… リリー!?」

彼は駆け寄り、猫を抱きあげる。

「やはり、間違いない。リリー…」

頬ずりして、その毛並みを愛おしむ。


「…それにしても、どういうことだ?ルヴェール公。
事と次第によっては…」

「お待ちください殿下。
これには事情がございます。」

「事情?」

片眉をあげて、彼はルヴェール公を見やる。

するりとリリーが彼の手から離れた。

「リリー!!」

「殿下、しばらくお待ちください。
何が起こっても、近づいてはなりません。」

「どういうことだ…?!」


二人の前で子猫は出窓のガラスの前に。

窓の外には大きな月の姿。


すうっと月光が窓に射すと異変が起こる。

猫に纏わりつく黒い霧。

「!? リリー。」

駆け寄ろうとするリチャードの手をを引き留める公爵は首を横に振る。

「お待ちください、殿下。これは現実なのです。」

リチャードが戸惑っている間に、黒い霧は大きくなったかと思えば、
ふっと欠き消えた。

彼の眼に映ったのは、まっすぐな黒髪の乙女。
しかし、その頭上には猫の耳。
腰のあたりには黒いふさふさとした尻尾があった。

非現実的な出来事に眼を丸くする。リチャード。

「!?!?  どういうことだ!?」

眼前の乙女は閉じていた瞼を開く。
リリーと同じ、ラベンダーの瞳にどきっとした。

「…殿下、私はあなたが大切にしてくださった猫のリリーの本当の姿。」

「な、何だと?」

「私は…今から約100年前に魔女によって呪いをかけられた、亡国の王女ファリアと申します。」

「呪いだと!? この世に…??」

ルヴェール公は訝しむ彼に告げる。

「殿下。確かに現在は魔術を行使するものはほとんどおりませぬ。
しかし、彼女が生まれた時代は当たり前のようにいたのです。
そして、現在まで、呪いは解けないままなのです。」

リチャードは混乱していた。

ルヴェール公もファリア姫もこのことは想定していたこと。

「殿下が混乱なさるのは当たり前です。
こんな不気味な存在があなたのそばにいるのは嫌でしょう?
ですから、私のことは忘れてください。」

ファリア姫の言葉にルヴェール公は首を横に振る。

「いいや、姫。
あなたは何も悪くない。
悪いのはあなたに呪いをかけた魔女。」

「でも、殿下は…受け入れられないでしょう。
公爵様には理解していただけただけ、私にとっては僥倖。」

リチャードはまじまじと見る。

確かに頭上の猫耳としっぽはリリーそのもの。
しかし、人間の乙女の姿は…長い黒髪に白い肌。
着ているドレスは歴史書で見たことがあるような古めかしいドレス。

そして何より、まとっている空気がリリーそのものだということに気づく。


「本当に、黒猫リリーは…呪いによってその姿にされていたというのか?」

「えぇ、殿下。」

「本当ですよ、彼女から聞いた話を私は蔵書で裏付けをとりました。
いやむしろ、彼女の話が本で読んだこと以上の事実だと。」

「…そうなのか?」

「えぇ、ですから…彼女には帰るところがないのなら、「私の助手にでもなっていただきたい」と
お願いしていたくらいです。
彼女は生きた歴史書です。
彼女のおかげで知りえなかった事実も解明されております。」


「…ちょっと待て。何故、ルヴェール公は彼女のことをそんなに知っておるのだ?」

リチャードが思ったことを率直に尋ねた。

「3,4か月前…殿下がリリーを連れて、当家に泊られた日がありました。
その夜、初めてファリア姫に出会ったのです。
私も当初、面食らいましたが、若い頃、魔術と錬金術を学んだ私。
彼女の話を聞いて、納得する部分も多くございましたので。」

「…そうか。
では何故、リリーは城を出てこのルヴェール邸に来たのだ?」

思わず顔を合わせる公爵とファリア姫。

「…そのことについては私が。
彼女は殿下を慕っておいでです、
ですから、シンシア嬢との婚約を辛く感じて、出てしまったと。」

リチャードは彼女を振り返る。

「本当なのか?」

ファリア姫は頬を染めて、うなずく。

「そうか。そうだったのか…」



やっと事態をのみ込めた様子のリチャードに公爵と姫は安堵した。


「殿下、そこでお願いがございます。」

「何だ? 申してみよルヴェール公。」

「…殿下は猫のリリーと人間の乙女ファリア姫。
どちらをそばに置かれたいのか。」

「!?」

その言葉を聞いて、ファリア姫を見上げる。

頬を染めた黒髪の乙女。

「…、確かに美しい乙女ではあるな…そなたは私を知っているだろうが
私は知らない。
猫のリリーしか。」


公爵とファリア姫はリチャードの言葉に納得した。

「では こうしてはいかがでしょうか?
しばらく殿下には当家に滞在していただき、昼は猫のリリーと、夜に人間のファリア姫とお会いになっては?」

「え…」

「猫の姿になる呪いは、月のある夜しか、半解除されません。
完全に呪いを解いてしまったら、猫に戻ることは出来なくなる。」

「ちょっと待て、ルヴェール公は呪いを解けるのか?」

「はい、先ほど申しましたように若い頃、魔術を学んでおりましたから。
彼女にかけられている呪いを解くことが出来ます。
ただし、解いてしますと、彼女の止まった時間が動き出します。」

「どういうことだ??」

「猫になる呪いは時を止めるまじないと同じ。
だから彼女はかけられた時の16歳のまま、98年という歳月を経てこられた…
呪いを解いてしまうと、止まった時が動き出す。
普通の人間に戻ると言うことになるのですよ。」

「…奇しくも永遠の命に近いものを得ていたんですね、私。
ただし、猫の姿で。」

「そうですな、ファリア姫。」


ルヴェール公とファリア姫は笑顔を交わしていた。


「…とりあえず、彼女と話させてくれ。」

「勿論ですよ、殿下。
何か飲み物をお持ちしましょうな。」



二人を残して、ルヴェール公は書斎を出た。

残された二人は言葉を発しないまま…






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(2013/05/17・2015/01/19 加筆改稿)



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