away -16-
-1月末
ファリアが学校のそばのカフェで友人たちとランチを楽しんでいた。
珍しく彼女の携帯の着信音がバッグの中で鳴る。
「あれ…ファリア、鳴ってるよ。」
友人の一人が気づいて彼女に言う。
「そうね、メールじゃなないわ…」
バッグから取り出し、画面を見てみるとめったにかかってこない時間帯の父から。
何か非常事態だと感じ、慌てて立ち上がりながら、
通話ボタンを押して、テーブルから離れる。
「お父様? もしもし?」
「あぁ、ファリア。突然すまないな。
ランチタイム中かな?」
「えぇ。珍しいわね、こんな時間に。」
娘のいる場所が少々騒がしいので街中ということが分かった父。
「実はな…セーラがシカゴに足止めとなってな。」
「…え? あ。 確かに北米の天気予報は大雪でしたわね。」
「それでな、オヘア空港が閉鎖になり、パリに来れなくなった。」
「お父様、一人でいらっしゃるの?」
今夜、パリでのパーティに招待された両親が来ることになっていた。
母は今朝の便でパリ入りする予定となっている。
「まぁ、私しか行けなくなる。
そこでだ、ファリア、お前、パーティに同行してくれ。」
「え?私がパーティに?」
まさかの父の言葉に驚きを隠せない。
「そう、セーラの代わりに。」
ここで異を唱えても無駄だとわかっている彼女。
「…そうね、解りました。お父様。何時にパリ入りなさるの?」
「もうそろそろ家を出て、ユーロスターでそちらへと向かう。
パーティは夕方6時30分からだからな。」
「じゃ、私は学校が終わったらすぐ家に帰ります。」
「すまんな。」
「いいえ。それじゃ お父様、またあとで。」
「あぁ。頼むよ。」
プツと父からの電話は切れた。
はぁ…とため息が出てしまう。
今夜のパーティはフランスの政治家・貴族が多い晩餐会と聞いていたから。
そんな様子のファリアに友人は声をかける。
席に戻る彼女はちょっと微妙な面持ち。
「どうしたの…ファリア。パーティがどうのこうのって聞こえたけど?」
「うん…実はね、今夜、パリでのパーティに両親が来ることになっていたんだけど…」
「けど?」
「母が慈善事業の公務でアメリカのシカゴに行ってたんだけど、
大雪で空港が閉鎖されて、こっちに来れなくなったから
私に代わりにパーティに出てくれって、父からの電話だったの。」
「は…それで、パーティね。」
「パーティって言っても、本格的な正式の晩餐会。
参加者のほとんどが政治家とか貴族とかハイクラスの30代後半以上の人たちばかり…
でも天気のせいだから仕方ないわ。」
ファリアの話を聞いて、驚く友人たち。
彼女の表情もうなずけた。
「大変ね、英国貴族も。」
「たぶん、私がパリにいてもロンドンにいても
連れていかれることになるもの、こういう場合。」
彼女の立場を理解している友人たちは責務の重さがとても大変なことだと感じていた。
「あ。そろそろ学校に戻らないと!」
テーブルについていたひとりが時計を見て叫ぶ。
4人は慌てて、清算して学校へと戻ることに。
*****
ファリアは午後の授業とレッスンを早々に終えると、急いで学校を出た。
するとゲート前に見慣れた車。
パーシヴァル家お抱えの運転手・ジェラールが慌てて降りてきた。
「お嬢様。早めにお迎えにあがるようにと旦那様が。」
ジェラールの開けるドアの中へと滑り込む。
「そう、ありがとう。」
中の定位置に座る。
走り出した車をクラスメイトの数人が見ていた。
***
アパルトメンに帰ると、すでに父は到着していた。
居間でお茶をしていた。
「おかえり、ファリア。」
「ただいま、お父様。手回しよく車を用意してくださって感謝します。」
「いや、それくらいはな。」
ファリア本人はタクシーを止めるつもりでいたから。
「じゃ、ドレスとアクセサリーを選んで、準備を始めますね。」
「あ、ファリア。実はな、もうお前の部屋に揃えてある。」
「…え?」
「ロンドンで買ってきたドレスと靴をな。」
父の言葉を聞いて、彼女が部屋に向かう。
入ってみるとベッドにドレスとハイヒールが、ドレッサーにバッグとショールが置かれていた。
しかもそれは最新モードのイブニングドレス。
母がいつも買っているハイブランドのだとすぐに解った。
少しあとから来た父がドア口から声をかける。
「どうだ?気に入ったか?」
「気に入ったも何も、このドレス、最新モードのものじゃない。」
「まぁ、格の高いパーティだからな、これくらいは。」
「…確かに。」
今夜の晩餐会の招待客は政治家のトップクラス。
いつものようなパーティのようにはいかない。
「じゃ、早めに支度に入ります。」
「あぁ、すまん。頼むよ。
それからヘアメイクはぺルラに頼んであるから。もう少しで来てくれるだろう。」
「ぺルラまで!?」
彼女は本気で驚いた。
パリで行っているヘアサロンの担当がぺルラと言う女性スタイリスト。
個人宅に行くことはめったにないと聞いていた。
彼女は自宅にいるメイドに手伝ってもらうつもりだった。
「凄いわね、お父様の手腕に尊敬しちゃうわ。」
「そうだろう? 私もそろそろ支度を始めるよ。」
「そうですね、またあとで。」
父が部屋を出ていくと彼女は服を脱いで、バスルームへ。
今朝の薄いメイクを落として、髪も洗う。
バスルームから出るとドレス用のアンダーウェアを身に着けて、ドレスも着てみた。
もちろん、サイズはぴったり。
それはセミオーダーメイドのドレスだから彼女のサイズに誂えられていた。
そのうちにメイドに連れられたぺルラがやってきた。
「こんにちは、マドモアゼル。」
「ごめんなさいね、今日は。父が無茶を言ったんじゃない?」
「最初、驚きましたけど、パーシヴァル公爵様自らご連絡をいただきましたから。
それに今夜の晩餐会のこと知っていますもの。
光栄ですわ。」
社交辞令ではなく本気でそう思っていたことを口にしたぺルラ。
「そう言っていただけると助かるわ。
よろしくお願いいたします。」
「はい、かしこまりました。
…それにしても素敵なドレスですね。」
ぺルラもハイクラスのブランドのドレスは見たことはあるが
それの最新モードをこんなに早く見ることはなかなかないと思っていた。
「父がロンドンで用意したらしいわ。
たぶん、母のアドバイスがあるんじゃないかしら?」
「かもしれませんが、素晴らしいですね。」
にっこりとほほ笑むぺルラの金の髪が揺れていた。
「さ、じゃ、スツールに。」
「えぇ。」
「シャワーはもうお済のようですのでまずメイクから。」
「お願いします。」
化粧水をはたいてから下地クリーム、薄くファンデーションを乗せ
ポイントメイクを施していく。
それが済むとヘアメイク。
半渇きになった髪をまとめ上げていく。
少しの編み込みと結い上げた髪をアイロンでカールさせていく。
それが済むとネックレスとピアスを着けて、ハイヒールを履いてみる。
「立ってみてください。」
「はい。」
スツールから立ち上がり、全身をくまなくチェック。
「ネイルはこのままで行かれます?」
「そうね。ショートのフレンチだし、逆にゴテゴテ飾り立てる必要ないでしょ?
左手の婚約指輪と右手のブレスレットで。」
「それもそうですね。では完成ということで。」
ぺルラもその出来に満足していた。
もちろんファリア本人も。
「わざわざ来てくださって、ありがとう。
また来週にうかがいますね。」
「はい。お待ちしております。」
ぺルラは礼をして部屋を出ていく。
もちろん、パーシヴァル公爵にも挨拶をしてアパルトマンを後にした。
*****
ドレスアップした姿で父のもとへ。
一見して、目を細めてる笑顔の父。
「ほお、やはり素晴らしいな。」
「ドレスが?それとも私が?」
「もちろん、両方だ。またセーラに似てきたな。」
「そう?」
父に面と向かって言われ、少々照れくさい。
「あぁ。品格を感じるよ。」
「ホントに?うれしいわ。」
笑顔の娘に自分もうれしくなる父。
ふと時計を見た。
「少し早いがもう出るか。」
「はい、お父様。」
ファリアはショールとコートを持って出る。
父はもちろん、燕尾服にコートを羽織る。
車でパーティ会場へと向かう。
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(2017/02/14+02/24+03/06+2018/03/15 )
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