away -17-
フランスの政財界の大物たちと周辺国の大貴族や政治家たちが招待されている晩餐会。
それはフランス大統領のバースディパーティ。
父はもちろん、プレゼント持参で。
大きなソファに腰かけて現・大統領デュボアは来客の挨拶と祝いの言葉、
それにプレゼントを受けていた。
父とともに列に並ぶ。
しばらくして順番が廻ってきた。
「ご無沙汰しております、閣下。」
父は恭しく頭を下げる。
「あぁ、久しぶりだなパーシヴァル公。」
60歳になる大統領は久々に会う、パーシヴァル公爵に笑顔を向ける。
「本日はおめでとうございます。」
そう言ってプレゼントを差し出すと、にこやかな顔で受け取る。
「わざわざありがとう。ゆっくりしていってくれ…夫人と…おや?!」
パーシヴァル公爵のやや後ろに立っていたのが夫人ではないとやっと気づく。
「あぁ、今日は妻は米国から戻れなくなりまして、代わりに娘を連れて参りました。」
「と、いうと昨年に社交界デビューしたファリア嬢か。」
ついと1歩、前に出て、お辞儀をする。素晴らしいカーテシーを見せる。
「はい。初めまして、大統領閣下。お目にかかれて光栄です。」
流暢なフランス語で挨拶する。
顔を上げてみせると、微笑みを返された。
「こちらこそ、マドモアゼルに会えるとは思ってませんでしたからな。
いや実に美しく可憐なご令嬢で。…学生さんかね?」
飛び切り若く美しい乙女を前に満面の笑みを浮かべる。
「はい、今は国立高等音楽院でピアノを学んでおります。」
「ほお、そうでしたか、我が国で。」
「はい。」
にっこりと上品にほほ笑むファリアに父も大統領も笑顔であった。
「ではまた、あとで。」
そういって父は娘を連れて、場を離れ、次へと順を譲る。
後ろにまだまだ挨拶をする者が控えている。
何百人との挨拶やプレゼントを受け取る本人は大変だわとファリアは感じていた。
父と腕を組み、ホールを歩いていると何人かが彼女を振り返る。
英国人の政治家たちが集まってる所に父と共に向かう。
「や、諸君、揃ってますな。」
その場に着くと皆、一斉に笑顔で出迎える。
「パーシヴァル公爵、久しぶりだな。」
「ほお?初めてだな、ファリア嬢が同行とは?」
英国首相、外相が声をかけてきた。
みな父の友人知人。
「お久しぶりです、ストーン首相。それにシューラー外相。
実は妻がアメリカに足止めとなりまして、それでパリにいる娘を連れてきました。」
「なるほど、それでか。久しぶりですな、ファリア嬢」
にこやかな首相の突然の言葉に驚く彼女。
「…え?! 初めてお目にかかったのはずでは?」
あぁ…と首相は思い出す。
「そういえば…以前にお会いしたのは…あなたが4歳くらいでしたかな?」
「そうですよ、首相。妻が息子を産む少し前でしたから…5歳になったばかりの頃ですか。
当時は首相がまだ大臣だった頃ですよ。
それは娘の記憶もなくて当然でしょう。」
パーシヴァル公爵の言葉に納得した首相は声を上げて笑う。
「ははは…あんなに小さかった娘御がこのように可憐で美しい乙女に成長していたとはな…」
大人の紳士たちに囲まれてファリアが居心地を悪くしていた。
「ごめんなさい。遅くなって…」
美しいブロンズ色の髪を揺らしてやってきたのは首相夫人。
「あら、珍しい、若いお嬢さんが…って、パーシヴァル公爵家のファリア様?」
「は、はい…レベッカ夫人。」
声をかけてきたのは40代後半の首相夫人。
母の友人だとは聞いていたが、まともに会ったのは初めての彼女。
「まぁまぁ、あなたが来るなんて、セーラ様は何か緊急事態?」
「はい。母は北米の公務に行ってたんですけれど、飛行機が飛べなくなって
こちらに伺うのがのが無理になりましたので。
母の代わり…とはおこがましいですけれど、私が。」
「なるほど、それで。」
「はい。」
夫人の美しく結い上げられた髪がきらめくように見えた。
二人の会話の間に外相夫人もやってきた。
「遅くなって申し訳ございません。レベッカ夫人、皆様…」
首相夫人のそばにいる乙女の存在に気付く。
「あら…あなたはパーシヴァル公爵家のファリア様。」
みな同じ問いかけをしてくるのでくすっと少し笑う彼女。
「あら?何か?」
「いえ、皆さん、同じ言葉をかけて下さいますから。」
「私で何人目?」
「アビゲイル夫人は4人目です。」
「まぁ、じゃ、仕方ないですわね。」
夫人は怒ることもなく、笑顔で返してくれた。
「でも、皆さん、私を一目で解るんですね。」
思ったことを口にした。
「それはそうよ、ね? レベッカ?」
アビゲイル夫人に問いかけられたレベッカ夫人は即答。
「えぇ。だって、女王陛下のお孫様ですもの。皆の憧れの存在ね。」
その言葉に目を丸くするファリア。
「私が…?」
「そうですわ。女王陛下の孫娘。外孫であってもプリンセスですもの。
女の子の憧れですわね。」
「そうね、英国だけでなく、アメリカやフランスでも…」
二人の夫人の言葉にさらに戸惑いを覚える。
「私が…そんな。ちゃんと王女のシャーロット様がいらっしゃいますわ。」
そんな言葉を返す彼女に夫人たちは言葉を続ける。
「ん…そうね、どう言ったらいいのかしら?
あなたは私たちの世代では憧れの存在だった王女セーラ様の娘だから、
プリンセスって認識ね。ね、アビー?」
親しげに呼ぶレベッカ夫人。
夫人たちは夫の仕事上の付き合いだけではなく、プライベートでも友人として関わっていた。
「えぇ、そうね。」
英国のトップレディたちに言われて正直、面食らっている乙女。
そんな様子のファリアに父が近づいてきた。
「解ったか、ファリア?」
「お父様…」
「お前が身を置いてる世界では周りはそういう風にお前を見ている。」
「…はい。」
改めて、社交界と世間の目を知ったのだった。
「お母様はそのことを解らせるためにも私をパリに連れてきたのね?」
「そうだ。」
父娘の会話を聞いていた夫人たち。
「パーシヴァル公爵様。私たちが彼女を英国のトップレディにしてみせますわ。」
「…え?」
アビゲイル夫人の申し出にファリアがその美しい顔を見た。
「確か…ランスロット公爵家の御曹司と婚約なさってましたわね?」
「はい、そうです。」
「とりあえず、他の殿方に注意を払って…でもまぁ、常識のある方なら
あなたに手出しするなんてことはないでしょうけど。
たまに身の程知らずな者がいるから…」
「そうね。」
夫人たちの言わんとしようとしてることがいまいちピンとこない乙女。
ほほ笑みあう夫人たちの間で彼女は戸惑っていた。
「ま、手始めにフランス社交界のトップレディたちに挨拶をね。」
「そうですわ、さ、行きましょ。」
ファリアは夫人たちに手を引かれ、その場を離れた。
父は娘にいずれこういう瞬間が訪れるのを解っていた。
ただ、母親がしようとしていたことを夫人たちが察して、務めてくれたのだった。
*****
ファリアは夫人たちによって、フランス社交界のトップレディが居並ぶ場所へと。
「お久しぶりですわ。皆さま。」
レベッカ夫人が声をかけると一斉に視線が集まる。
「あら、英国首相夫人のレディ・レベッカにレディ・アビゲイル。それに…
確か、王室庁長官のパーシヴァル公爵家のご令嬢のマドモアゼル・ファリア?」
ファリアのことを知っていて言ったのはデュボワ大統領夫人。
美しいプラチナブロンドと碧い瞳の熟女。
「は、はい…よろしくお願いします…」
借りてきた猫のようにおとなしく挨拶する。
「まぁ…うちの甥がお世話になっったそうで、お礼を言いたかったのよ。」
「…え?!」
思い当たる節のないファリアはきょとんとなる。
「私、ユーゴの伯母のデジレ=ド=ラザリュス=デュボアですの。
ありがとう…あの子のために色々と親切にしてくださって。」
デジレ夫人の言葉にやっと納得した。
「いえ…私はただ友人として彼を助けたかっただけです。」
二人の会話を周りのレディたちは聞いていた。
「あら…デジレ夫人、彼女のこと、知ってたの?」
「えぇ、私の甥が高等音楽院でピアノを専攻してるのだけど、
彼女と同級生なんですって。」
「そうだったんですのね。」
周りのレディたちは顔を合わせて納得の表情を見せていた。
「皆様。このマドモアゼル・ファリアが私の甥を助けてくれた
英国貴族のパーシヴァル公爵家のファリア様。」
みな、英国女王の外孫に興味津々であった。
楚々とした華奢で小柄なファリアを見ている。
美しい黒髪に白い肌。
まとっているドレスはハイブランドのセミオーダーメイドのモノだと解る。
身に着けているアクセサリーも高級なもの。
そして左手薬指のダイヤモンドの婚約指輪の存在。
「よろしくお願いいたします…」
スッとお辞儀するその姿は品格を感じるもの。
それは母とイメージが被るほどのもの。
パチパチと拍手が上がった。
それは彼女を受け入れた証拠。
平均年齢50歳前後の夫人たちの輪の中でファリアは声をかけてもらっていた。
少々身のすくむ思いだったが、みな思いのほか親切に対してくれているのが解って
やっと安心する。
***
なんとか母の代理を務めあげた。
今回の晩餐会で彼女はさらに社交界に知れ渡ることに…
ファリアに好意を抱くものもいたが、すでに婚約者がいると知ってあきらめるものがほとんど。
その婚約者がまた半端ない人物だったから。
to -18-
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(2017/02/24+03/14+03/18)
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