away -13-
パリで生活をするファリアは日々を楽しむようになっていた。
リチャードを想う一方で、生活は変化に富み、日々充実している。
彼女がパリに来て約3カ月…異変が起こる。
***
ある日の夕方
年明けにあるコンクールに向けての準備期間に入ったファリア。
学校でのレッスン量も増え、帰りが遅くなることもしばしば。
その日のメトロに乗れたのは夜8時を過ぎたころ。
彼女が慣れない、混んだ車内にいた。
目の前の20代前半と思しき男たちがジロジロとにやついた顔で見ている事に気づく。
「美しいマドモアゼル〜♪ 俺たちと飲まない〜?」
少し酒臭い男たちに不快感を覚える、
「いえ、飲みません。」
「へッ、お高くとまってないで、一緒に飲もうぜ。」
「そうそう、少しは付き合えよ!!」
それでもなんとか毅然と対応していた。
「無理です。結構です。」
「そんなこと言わないで、マドモアゼル〜♪」
「本気でお断りします。」
「いい加減付き合えよ!!」
しつこくそして、強引に彼女の腕をつかむ男。
3人のやり取りに周囲にいた乗客たちはハラハラしながら
遠巻きに見守っているだけ…
「は、離してください!!」
「止めないか!!」
彼女の腕を掴んでいた手を強引に引き離したのは
ダークグレイのスーツ姿の男性。
半泣き状態になりかけていたファリアははっとその男性に気づく。
亜麻色の柔らかそうな天然パーマのクリクリの髪にグリーンの瞳の体躯の良い男性が
無頼漢の腕をひねり上げていた。
「い…痛てて…」
「何すんだ、てめぇ…」
ちょうどその時、メトロの車両が駅に滑り込む。
「
「は、はい。」
男性に促されて自宅の最寄りの駅より1つ手前だったが慌てて降りた。
すぐにメトロは発車する。
「くそっ!! 逃げられたじゃねえか!!」
男たちは背の高い優男風の男性を睨みつける。
車内に残った男たちと男性の間は険悪なムード。
「全く、…お前たちみたいなのが一番困るんだ。」
「何だと!?」
「なんなんだ!? てめぇ!!」
「あのお方に手を出すとは身の程知らずな…」
ギロリと男性が睨む。
「は!? 何言ってやがる?」
「命が惜しかったら二度とあのお方に触れてはならない。
近づいてもいけない。」
そう言った男性の目に殺気を感じ取った男たちはすごすごと
別の車両へと移っていく。
一方、ファリアは後に来たメトロに乗って、帰宅した。
(―――――もし、もう一度、あの方に会ったら、お礼を言わなきゃね…)
******
―3日後
連日、レッスンばかりで帰宅時間が遅くなっている。
またもや、少し混んでいる車内。
仕方ないと乗り込む。
他人とこんなに密着することなんてないと感じていた乙女。
違和感を感じたのはすぐの事。
手が自分の体に触れていた。
こんなに混んでいるのだから仕方ないと思ったが、違っていた。
いわゆる、痴漢。
彼女のヒップに触れてきた。
恐怖のあまり、声が出ない。
歯を食いしばり、耐えていた。
その手を掴んだのは…先日とは違う、若い男性。
グレー地にピンストライプのスーツ姿の男性。
スポーティな髪形にスーツ越しでも解る筋肉質な体型。
「止めなさい。か弱いマドモアゼルに何をして、おいでか!?」
ギリと太った男の腕をひねり上げる男性。
「い、痛ぇえ!!」
「当たり前です。」
涙目の乙女を見てとった男性は腕をひねり上げた男を睨みつけた。
「へへ…ちょっと触っちまった。」
「男として風上にも置けんな!!
大丈夫ですか、レディ?」
「…えぇ。」
狭い空間でのやり取りは次の駅で終わる。
「警察に突き出してやります、マドモアゼルはお引き取り下さい。」
「…え? あ、はい…助けて下さり、ありがとうございました。」
「いいえ、美しい方をあんな者から助けられて光栄ですよ。では…」
男性は男をひねり上げたまま、駅員に通報しに行く。
ファリアは男性に促され、駅から出てタクシーで帰る事にした
***
彼女はタクシーの中でふと思う。
(まさか… いえ、そんなこと。
でも確かめてみないと、解らないわね… )
自宅のアパルトメンに帰るとすぐに電話してみる。
相手はロンドンにいる父。
まだ向こうは夜7時台。
何度かのコールの後、父が出た。
「お父様、ごめんなさい、こんな時間に。
今、お食事中じゃない? お話して大丈夫ですか?」
「構わんさ、どうした?」
娘の言葉にいつもと違う何かを感じた。
「ひょっとしてなんですけど… 私に内緒でSPをつけてらっしゃるの?」
「!? どうして解った?!」
「それは…その、数日前に暴漢から私を助けて下さった男性と
今日、痴漢から助けて下さった男性。
雰囲気が似ていたっていうか…英国人じゃないかって。
フランス語話してても解るわ、ニュアンスで。
だから…SPって答えにたどり着いたの。違うの?」
娘の言葉にぐうの音も出ない。
「弁解はしない。SPだ。
…というか、MI5かMI6の者がついているはずだ。」
「え…? どういう事?」
「シフト制でお前が学校からメトロに乗って帰宅するまでの間のみの護衛だ。
万が一のためにな。」
「そう言う事でしたの…」
父の言葉にやっと納得した。
「お前は女王陛下の外孫だ。我が公爵家の大事な娘。
それに今はリチャード君と婚約中の大事な身。」
「じゃ、私が学校の帰りや移動を家の車にすれば護衛はいらなくなるのかしら?」
娘の言葉に父は一瞬、考える。
「え、あ、まぁ…そういうことになるな。」
「運転手のジェラルドには悪いけど、
迎えに来てもらった方が護衛をつけなくても大丈夫でしょう?」
「ま、まぁな。」
「ジェラルドには私から話していいかしら?」
「いや。私が話そう。
お前は学校が終わるころにジェラルドに電話かメールしなさい。
いいね?」
「解ったわ。じゃ、お父様、お願いね。」
「あぁ、ちゃんと手配しておく。」
電話を切ったファリアの唇からため息が零れた。
(私には…自由はあってないようなものなのね…)
かごの鳥のような気持ちになるファリア。
(でもリチャードは私をいつも全身全霊で護ってくれる騎士様よね… )
彼を想い浮かべるだけで笑顔になる乙女がいた。
to -14-
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(2016/06/27)
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