away -12-
―11月末
英国皇太子・フィリップ20歳の誕生日を迎える事となり、
国は大盛り上がり。
祝いの為に従妹でもあるファリアは一時帰国することとなる。
母方の従兄弟とはいえ、ただの親族ではない。
将来、国王の座に着くこととなる皇太子。
ファリアは祝賀パーティで演奏もする事になったため
1週間前にロンドンへと。
***
―7週間ほど離れていたロンドンは晩秋。
両親と祖父母がファリアの帰りを待っていた。
「おかえりなさい、ファリア。」
母が出迎えてくれた事は彼女にとって初めての出来事。
「お。お母様…? 今、イタリアじゃ…??」
「何言ってるの? あなたが帰ってくるの解っていたから
早々に仕事を終わらせて、帰ってきたの。
ファリアと同じ間、ロンドンにいるわ。」
「ほ、本当に?」
彼女の問いにこくりとうなづく母。
母と娘はぎゅっと抱き合う。
「おかえり、ファリア。」
父も祖父母も優しい笑顔。
「…うん、ただいま。」
パリのアパルトメン暮らしは一人ではないけれど
…家族はいなくて使用人だけ。
少しのさみしさは感じていた。
ファリアの目尻に涙が浮かぶ。
「あらあら、泣き虫は健在ね。」
母の言葉で指で涙をぬぐうが溢れてくる。
「お母様のイジワル。」
その光景に父も祖父母も笑っていた。
**
両親と祖父母にパリ土産を渡す。
「これはお母様、こっちはお婆様。
こっちはお爺様に。
それでこれがお父様に。
あとはアリステアの分よ。」
「まぁまぁ。旅行じゃなくて留学中でしょ?」
祖母の言葉に照れくさくなる。
「そうなんだけど…なんだかね。」
いつももらう側だったのもあって、彼女はお土産を渡すのを楽しく感じていた。
「私、嬉しいわファリアのお土産。」
「ありがとう、お母様。」
「何言ってるの、そう言うのはこっちの方よ。」
やはり笑いが起こる一家団欒の光景。
ファリアが買ってきてたのは母が普段使っているフランス製のオードトワレ。
幼い頃から香っていた香りが大好きでつい選んでいた。
祖父と父には定番なネクタイとカフス。
祖母にはフランスレースのショールを。
弟にはレトロな小さめの地球儀を。
5人の家族団欒を楽しむ一家。
*****
土曜の夜に祝賀パーティなので月曜から金曜は王立音楽団の練習場に向かうファリア。
王立音楽院在籍中ならまだしも、中途退学した身としては
気恥ずかしく感じながら、王立音楽団との共演。
多少の視線を感じながらも合同練習に出る。
そして…逆に王立音楽団は少々思い知る羽目に。
在籍中の彼女の演奏を知るものがほとんど。
パリに移ってからの彼女の演奏を聞いて、みな驚く。
以前よりさらにレベルが上がっているのがよく解ったから。
**
久々のロンドンの生活に寂しさを感じなかったファリアがいた。
金曜の夕方にイートン校からロンドンの邸に帰ってきたアリステア。
14歳とはいえ親族なので祝賀会に出席する事になっていた。
そもそもアリステア自身も未来の公爵家当主。
ぼちぼち社交界に顔を出し始める年頃。
金曜の夜は久しぶりにパーシヴァル公爵家 当主一家が揃う。
姉を見た弟の開口一番。
「姉さま、お帰り。」
「ただいま、アリステア。」
「そういや、仔猫は?」
「まだよ。」
何も知らない祖母が尋ねる。
「なんなの、ファリア。仔猫って?」
「友人になったシャルロットから"ウチで産まれる仔猫をもらってもらえない?"って言われて
1匹、引き取る事になったの。
けど、あと半月くらいは母猫の元に居させてあげる予定なの。
今はベッドとかおもちゃとか
周りのものを揃えてる最中よ。」
「まぁ、そうなの。良かったわね どんな仔猫なの?」
「えっと…」
自分の携帯電話を出してきて、写真の画像を出す。
「この仔よ。白と黒の…」
ふわふわの仔猫の姿を見て、祖母は頬を緩めた。
「まぁ!! なんて可愛いの。」
「でしょ? 私、一目でこの仔を気に入っちゃったのよ。」
祖母と娘の会話を聞いて、家族も興味を示す。
「ワシにも見せてくれんか。」
「はい。お爺様。」
「僕も僕も!!」
家族全員がファリアの元に来る仔猫の画像を見る事に。
みな一様に笑顔になる。
「とても可愛いわね。メインクーンかノルウェージャンなの?」
母が彼女に問いかける。
「えぇ。ノルウェージャンよ。
シャルロットのうちで産まれたけど、ちゃんとブリーダーさんもついてるって事で、
鑑定書もついてくるそうよ。」
「そうなの。純血種なのね、良かったわね。」
「えぇ、とても嬉しいわ。」
久々に見るファリアの満面の笑みに家族は安心した。
リチャードが旅立った後、長らく失われていた、その笑顔を。
*****
―土曜日
祝賀行事が午前中からあるので、一家6人は早めに支度して王宮へと。
正装した一家もまた王族の親族として扱われる。
***
久々に会う皇太子フィリップは凛々しくたくましく成長していた
現在はオックスフォード大学に在学中ということで、彼もまた自分の祝賀会のため、
1週間ほど休学。
自分の誕生日である当日は一日中、行事に追われる事に。
昼は大勢の客に囲まれ、報道も入る盛大な祝賀会。
その中で、ファリアは王立音楽団との演奏を見事にこなしていた。
夜は晩餐会にて、久々にパーシヴァル公爵一家に会えた。
「お久しぶりです、パーシヴァル公。お元気そうで。ハスラーとして活躍されているようで…」
家長である祖父が一番に声をかけられる。
「いやいや。まだまだ若い人には負ける訳には参りませんからな。」
はははと笑いあう、祖父と皇太子。
「アニー夫人も変わらず、お美しくていらっしゃる。」
「いえいえ。私は逆に若い人に任せっぱなしで。のんびりさせていただいてますわ。」
ふっと視線を次に移す皇太子。
「パーシヴァル伯爵も2週間ぶりか…」
「はい。殿下。」
王宮の廊下で会ったとお互い思い出す。
それもあって、軽い会釈を挨拶とした。
「セーラ夫人もお忙しいようで。」
「えぇ、おかげさまで公務で大忙しですわ。
でも殿下のおかげで1週間はロンドンにいられますのよ。
感謝してますわ。」
「…え?」
思いがけない叔母の言葉に皇太子は片眉を上げた。
「娘がパリから戻ってこられるのはこの1週間だけですから。」
「そうか… 久しぶりだな、ファリア。」
約4カ月ぶりに会う従妹のファリア。
少々痩せた様に見えたが、顔には輝きが増している様に感じた。
「えぇ。ご無沙汰しておりました、殿下。
そちらもお元気そうで何より。」
お辞儀をしながら彼女は返す。
「…ところでファリア。 何故又、急にパリ留学?
パリ社交界デビューの事は知っているが…?」
「あ、その… 社交界で新しくたくさんの友人に出会えましたので
離れがたくなりましたし… 心機一転したかったので。」
「そうか。 …リチャードの事が原因か?」
すぐについ口が滑ってしまったと気付いた皇太子。
しかし、彼女は一瞬、硬直しただけで、笑顔に戻る。
「…それもきっかけのひとつではあります。
でも今は、感謝しています。
広い世界を知る事が出来ましたから。」
彼女の答えに胸をなでおろしたのは皇太子だけではなく、家族全員。
「そうか。 アリステアはどうか? イートン校での生活は?」
最後に後継ぎのアリステアに声をかけた。
「僕なら大丈夫です。おかげさまで来年か再来年には大学に行けそうです。」
「そうか… 私の卒業が先か、アリステアの入学が先か…楽しみだな。」
「ありがとうございます、殿下。」
まだ14歳とは思えぬしっかりとした少年に成長した従弟に安堵の思いを感じた。
皇太子は一家6人に笑顔を残し、次の招待客への挨拶に向かう。
そんな彼を見てついつぶやいたのはファリア。
「殿下も大変ね。」
「えぇ、あの方も大変だわね。」
母がその言葉に応えていた。
王族に産まれたから背負う責任。
ファリアはまたひとつ違う世界を垣間見た。
***
翌日の日曜は久々に一家6人でのんびりと過ごすが、
午後になるとファリアがユーロスターでパリに、
アリステアはイートン校へと戻る。
日常に戻っていく中、両親と祖父母は少々淋しくなっていた。
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(2016/01/11&3/5&6)
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