amour -1-




その日も歌姫はバーの片隅で歌っていた。



ここはフルシーミ星・カクサ村のバー<P&M>


美貌の歌姫・フェアリーは悲しい恋の歌を歌っていた。



この日、ある男が訪れる―








長い金髪と碧眼の長身の男がバーの木戸をくぐった。


その青年はバーの止まり木に腰掛け、バーテンにオーダーする。

彼はピアノを弾きながら歌う黒髪の美しい歌姫を見ていた。




テーブル席の客も歌声に聞き入っている。
店の奥のテーブルの客が小声で話しているくらいだ。




歌が終わると彼女はカウンターに近づき、バーテンに飲み物を頼む。



「美しい歌声でしたよ。」


青年は歌姫に向かって言う。
彼女は振り向く。

言葉を発した青年の顔を見て返事した。

「ありがとうございます…。 旅の方?」


「えぇ…まぁ、そんなとこです。」


歌姫は青年を見つめる。

淡いブロンドヘアは長く肩下まである。
細身で長身なのにどこか弓のような力強さを感じた。
瞳はダークグリーンで知性を漂わせている。



「この星を旅してらっしゃるの?」


彼女は青年に興味を持った。
彼の止まり木の隣に腰を下ろす。



テーブル席の常連客たちは今まで歌姫が男に興味を持ったことがなかっったので
やり取りに耳をそばだてていた。


「えぇ…まぁ。」


彼女は村人以外の人の話が聞きたった。
いつも常連客相手でつまらなかったのもある。




「あの…どちらから?」

「…イナルです。」

「そうなの… お仕事は何を?」

「新聞記者みたいなものです。
取材したり、写真撮ったり。
あなたのような美しい女性ならモデルになっていただきたいですね。」

「え?私?」

「えぇ。」




青年は不意に席を立つ。


「ここは落ち着かない。…何処かで飲みなおしませんか?」


凛々しい青年に微笑まれ、彼女はときめきを憶えた。


   (やだ…素敵…)


遠い昔、大好きだった少年が成長したら、目の前の青年の様かもと錯覚する。


「えぇ…いいわ。 私の部屋に行きましょ。」



青年は歌姫に連れられて、2階の部屋に。


彼女の部屋に連れ立っていく。

フロアの客達はざわめいていた。







   *****



彼女の部屋−と言っても殺風景なもの。


小さなテーブルにグラスが二つとボトル。


木のベッドにシンプルなドレッサー。
身代には黒のステージ用のドレスが飾られているだけ。




青年は木の椅子に腰掛ける。
歌姫はグラスにお酒を注ぐ。


「あの…どうしてこの村に?」


「…仕事ですよ。少し取材でね。」

「…あの、お聞きしたいことがあるんです。」

「何ですか?」


青年は訝しげに問いかける。
何か目的があってこの部屋に連れてきたことはうすうす解っていた。

「まだ…フルシーミ星からは一般人は出られないのですか?
記者さんなら何かご存知かと思って…」


「えぇ、まだ予定の人口に足りないのですよ。」


「…そう。」


フルシーミ星に一般人向けの発進ポートはない。
規定の人口に達しなければこの星から出てはならないという星の条例があった。
出られるのは…軍人だけ。



暗い影の出る歌姫に青年は問いかける。


「フルシーミを出たいのですか?」

「えぇ。」

「地球に帰りたいのですか?」

「はい。でもどうしてそれを?」



青年の瞳は細くなり、歌姫を見つめる。


「たまにいますよ。
"地球に帰りたい、宇宙はイヤだ"って人。」


青年の言葉が胸に痛い。


「私… 来たくてこの星に来たのではありません。
事故で…緊急脱出カプセルに乗り込んで、回収してくれたのはこの星への一方通行の船だった。
あの事故で家族は亡くなっていても…祖父や祖母が国にいますから…」

「そうだったんですか…」


青年は目を伏せ、しばらく黙る。


「ひとつ…手はあります。」

「え?」

「…私の妻になればいい…」

「えっ!?」

突然の言葉に驚き、目を見開く。


「実は私は…連邦政府の者でね。
私と一緒ならチケットは買えるし、船に乗れる。
ただし私の家族… つまり私の妻にならなければ帰れない。」


「そ、そんなこと…
それにチケットを買うお金もありませんし…」

沈む歌姫に言葉を続ける青年。

「私が…出しますよ。
ひとつ条件がありますがね。」

「何ですの?」

うつむいていた顔を上げて問いかける。


「名義上だけではない、本当の私の妻になること。」

「!?」

「私はあなたが気に入った。ダメですか?」

「あ…。」


優しい瞳で青年は問いかけてくる。


   (どうしよう… 私… 地球に帰りたい…けど …けど!!)




ぽろぽろと涙が溢れる歌姫を見て、頬を撫でる。

「私… 私…」

「無理にとは言いません。」

その優しさがかえって痛い。
震えて泣く彼女に問いかける。



「他に好きな男でもいるのですか?」

「私…婚約者がいます。」

「!?」

「家同士の婚約だったけど…私は嬉しかった。
彼のコト…好きだったから…」


「そうですか…残念だな。
じゃ、せめて一晩、あなたがその身を委ねてくれるなら…というのはどうです?」

「!!  一晩??」

「そう、一晩…」


きゅっと唇を咬む。


   (私…帰りたい… 地球へ…リチャードの元へ…
    もう…新しい婚約者がいるかもしれないけど…    )



それでももう一度逢いたい想いがあった。


「わ、解りました。」

青年は歌姫の頬に優しく触れて撫でる。

「そう… じゃ、フェアリーって本名?」

「いいえ。」

「本当の名は?」

「ファリア。ファリア=パーシヴァルです。」

両手で彼女の顔を包み、見つめる。

「そう… いい名だ。
俺はエラリィ。
エラリィ=シェルダン。20だ。」


「エラリィ…」


呟くように繰り返す。
自分を見つめる、ダークグリーンの瞳の奥に愛しい彼がいる気がした。




何処かで聞いたことのある気がした名。
それはエラリィも同じ。



   (…ファリア=パーシヴァル…!? パーシヴァルってアイツの?!)


思い当たったエラリィは問いかける。

「ねぇ…君の婚約者の名を聞かせてくれないか?」

「…え? あ、あの…リチャード=ランスロットです。」


   (やはり…そうか…)


ほくそえむエラリィがいた。


「ファリア…じゃ、今夜だけ…僕のものになって、そいつを忘れてくれ。」

「…は、はい…」

涙がひとすじ白い頬に流れ落ちた。


歌姫の顎を捕らえ、持ち上げてキスするエラリィ。



   (仕方ないわ… 帰るためですもの…)


歌姫は涙をこらえる。

青年の舌が歌姫のくちびるを割ってはいる。
絡め取られる舌。

「…ん…」

切なくて息苦しくなる。
思わず身をよじる歌姫を抱きしめ、ベッドへと運ぶ。
腰掛けさせると黒のドレスの背のファスナーを一気に下ろす青年の手。


   (リチャード…ごめんなさい…  )



歌姫が初恋の少年の面影を描いた直後、窓の外で爆発音が響く。

「「!?」」

デスキュラの小型マシンが村の中を飛び回っていた。
青年の手はファスナーを上げる。


「ちッ!! やつら…早いな…」

悔しそうに呟くエラリィ。

「え?! デスキュラ?」

「ヤツラがこの星を襲撃するのはわかっていたが…今日とはね。
逃げよう、ファリア。いいな。」

「はい。」

彼女の手を取り、店の外へ出る。
既に村に火が放たれ、数件が炎上していた。


「こっちだ。」

「はい。…って何処に逃げるんですか?」

「解らん。でももうすぐビスマルクチームが来るはずだ。」

「ビスマルクチーム?」

初めて聞く名前に戸惑う歌姫。

「知らない…か。当然だな。こんな田舎じゃな。」







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(2005/9/21・2020/09/10)




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