a little walz -2-



ファリアが部屋を出た頃、リチャードもまた部屋を出ていた。


「やっぱり… 謝ってくるよ。」

「あぁ… その方がいいぜ。行ってこいよ。」

「行ってくるよ。」



エレベータが地下2階から上がってくるのがまどろっこしくて、
そばの扉を開けて非常階段を使って駆け上る。

ドアをノックして出てきたのは…リズ。

「あれ…? リチャード君…どうしたの?」

「彼女に…謝りたくて…」

ばつが悪そうな顔を向けるが、リズはそんなことを気にしなかった。

「へ? あの子も… あなたのトコ、行ったわよ。
入れ違いになったのかしら…??
あなたの部屋に電話してみれば?」

「すまない、借りるよ。」

少女達の部屋の電話を借りて自分の宿泊している部屋にかけると
エリックが出る。しかし彼に聞いても彼女は来ていないと言う。



「え? じゃ…ファリアは?」

「何処に行くのよ。たったワンフロアしか違わないのに…
迷子になるって程、複雑なホテルじゃないわよ。
探してみましょ。」

「あぁ。」

ふっと嫌な予感がしたリチャード。



エリックにも声をかけ、3人で探すが行きそうなところに姿はない。




「おかしいわよ。あの子、パリに慣れてるって言っても夜9時よ。
外に行くはずないし…」

「そうだよな… 勝手にホテルを出て行くはずもない…」

「そもそも、リチャード君たちの部屋に行くはずだったのに…」

リズとエリックの会話を耳にしながら、胸騒ぎを覚えてリチャードは地下駐車場へと向かう。
追いかけるリズたち。

薄暗い地下駐車場で不意に見つけた… 
光る銀の…四つ葉のクローバーのネックレス。
手に取ると間違いなく、自分が去年あげたもの。
チェーンが切れていた。

ここに彼女が来たと言う証拠。
しかし子供の少女が来る様な場所ではない。

「まさか…誘拐??」

リズが顔色を変えて呟く。
リチャードは自分の嫌な予感が的中したことを実感した。

「おそらく…」



「早く先生たちに知らせようぜ。」

「あぁ… 頼む。僕は探しに行く。」

それだけ言って駆け出す少年。。

「お、おい!!」





リチャードは地下駐車場から外へ飛び出す。
すっかり夜のパリの街…

「何処だ…?どっちだ…??」

祖父にかつて言われた言葉を思い出す。

  "いつでも冷静になれ!!"


ホテルの前の道は…車は右にしか進行できない。
走り出す少年の目に確かなものがあった。






   *



「ぅ…ん…」


ワンボックス車の後ろで少女は意識を取り戻した。
車は停車している。
前の運転席と助手席にはあのエレベータの中で見た男達の姿。

   (…え? …誘拐?? されちゃったの…?? 
    私…どうなるの…

    …痛。 手、縛られてる…?)


助手席の男が降りていく。
どうやらカフェに飲み物でも買いに行った様だ。


なんとか身を起こし、窓の外を見た。
まだホテルからそう離れていないことがわかる。

男達は少女が意識を失ったまま起きないだろうとタカをくくっていた。


少女は自分の周りを観察する。

自分の身体の下にはロープと網。
足元に一斗缶とオイル缶がいくつも転がっている。


   (なんなの…コレ…???)


とりあえず足は縛られてないので、動かして身をよじる。
ワンピースのスカートがめくれ上がるが構っていられない。

リアドアに近づくとちょっと浮いていた。

   (開いてる…?)

そっとつま先で触れると音もなく浮き上がる。

思わず一斗缶を蹴り出す。

パリの夜の路上に缶の落ちるけたたましい音が響く。

一斉に街の人の視線が集まる。
リアドアの開いた車からファリアは叫ぶ。

「助けて!!」



それを目撃したのは探しに出たリチャードと
通報を受け彼に事情を聞こうとして呼び止めた警官二人。

音と声に気づき、見ると探している少女。

「!? ファリア!!」

距離にして約100メートル弱を駆け出す少年。


少女が叫んだ途端、男は舌打ちして仲間を置いて急発進する。


「きゃっ!?」

他の缶が転がり落ちてく中、ファリアもまた身体の自由がきかないまま、
路上に投げ出されそうになっていく。


   (リチャード…!?)


彼女の目に飛び込んできたのは走りこむ少年と警官二人の姿。
アスファルトに叩きつけられるかと思った瞬間、青年二人と少年が少女を受け止めた。

路上にスライディングする3人と少女。



「…ファリア…!! 大丈夫か?!」

心配顔の彼の目には涙が浮かんでいた。

「あ…リ…チャード…」

彼の顔を見て安心したのか意識を失う。



「あぁ…なんとか無事みたいだね。気を失ったようだ…」

警官の一人・ラウルも安堵していた。



逃げていった車は緊急手配される。
カフェから出た男は目の前の出来事に呆然として路上に立っていた所を確保された。

1時間後… 車の男も誘拐容疑で緊急逮捕される。







意識を失っているため、救急車で運ばれる少女に少年は付き添っていた。
病院での診察はふたりとも。

少年も腕にスライディングした時に大量の擦過傷を負っていた。
少女の怪我は打ち身と少しの擦り傷ですんだ。




病院に引率の教師4人のうちの2人がやって来た。
エリックとリズが教師に知らせ、そこから警察に通報されていた。


パリ市警から生徒のふたりが病院に運ばれたと連絡を受け、
責任者の教師達が来る。

意識を取り戻した少女はベッドに横たわっていた。
傍らで少年が付き添っている。

「Missパーシヴァル、 Mrランスロット…大丈夫ですか…?
あの子達から聞いて…驚きましたよ。
慌てて警察に通報したら… こんなことに…」

この旅行の最高責任者の教師・ジークスは驚きに満ちた顔をしていた。

「誘拐されそうになってたなんて… 怖かったでしょう?
さ、すぐに中止してロンドンに帰りましょうね。」

ベッドの上の少女は身を起こして叫ぶ。

「待ってください!! 私のせいで中止にしないでください!!」

「何を言ってるんです?! Missパーシヴァル?」

「私のせいで騒ぎになって中止なんてイヤです。
みんな…楽しみで来ているのに… 
お願いです。中止だけはしないで下さい!!」

少女の懇願に少年も同じ思いだった。

「僕からもお願いします!! 
僕が些細な事で意固地になって…こんな事になってしまった。
この件での罰は受けます!
けど…旅行の中止だけはしないで下さい。みんなのためにも…」

「…リチャード…」





当人たちが頭を下げて、クラスメイトの為に中止しないで欲しいと言い出すとは
思いもしなかっただけにふたりの教師は顔を合わせた。

「…わかりました。中止にはしません。いいですね?」

「「はい。」」


ジークス先生の判断に感謝したい二人がいた。




二人の怪我は大したことはなくホテルに帰ることになる。

帰りのタクシーの車中…少年少女はだまったまま。
けど彼の手は少女の手を握っていた。



ホテルに帰るとリズとエリックが心配そうな顔で待っていた。
この騒ぎを知っているのはホテルの人間とリズたちだけ。
教師達はリズたちに口外しないようにと告げた。

ホテルの支配人にも未遂ですんだから、内密にして欲しいと頼んでおく。





   *****


次の日―


何事もなかったかのように一日ヴェルサイユ宮見学。
リチャード率いる班のメンバー4人は固まって仲良く見学している。


彼の大量の擦り傷は長袖シャツを着て隠していたために
本当に事件の事はクラスメイト達にばれずにいた。



「つ…」

時折、少年が眉を歪める。

傍らにいる少女が心配して声を掛けた。

「リチャード… 大丈夫? 傷、痛むのね…」

「大丈夫。これくらい。
擦り傷だし…」

それでもあの時、半そでを着ていたために腕の外側一面に擦過傷。
深い傷ではないが表面積が大きいのでにたまに痛い気がする。

彼女を受け止めようと腕を出した為の怪我。
警官二人も同様だった。


「ごめん…ごめんね…リチャード…」

涙を浮かべる少女に笑顔を見せる。

「…気にしないでよ。傷は男の勲章だ。」

「え?」

「お爺様から言われたんだ…前に。」

「そうなの…??」




すっかり元の鞘に納まったのでリズもエリックも安心していた。






   ***



夜にはパリのホテルに戻る40名の生徒と教師達。


夕食を終え、部屋へ引き上げる途中に少年は少女に一言。


「8時半に君のフロアのエレベータホールで待ってる。」

「…え?」

耳元に言われ振り返ると走り去っていくリチャードの後姿。

「なんだって? …リチャード君。」

「さぁ…」



少女は部屋に戻ると私服に着替え、8時25分に部屋を出る。

「ちょっと…行ってくる。」

「ヘ? 昨日あんな目にあって…大丈夫?」

「うん。」



親友の態度から誰に会いに行くのか悟った。





エレベータホールに行くといた少年。
彼も私服に着替えている。

「あ、来てくれた…よかった…」

ひょっとしたら聞こえてなかったかと不安だった。

「何だったの…?」

訝しげな顔を彼に向ける。


「ちょっと…こっち来て。」



手を引かれ連れて行かれた先は昨日、彼が使った非常階段への扉の中。


「こんなとこ入っちゃっていいの??」

「…昨日、僕が使ったから平気だよ。」

「そう…なの…」



扉を開けて入り、踊り場まで少女の手を引いて上る。

ふたりが向かい合って立つと少年はうつむく。

「初日から…昨日まで…いいや、今日まで…ごめん。
僕、エリックに言われたとおり君の言葉に意固地になってた。
昨日はあんな目にあって…
リズから聞いたよ。僕に謝るつもりで部屋を出たって。

何もかも原因は僕なんだ…本当にごめん!!」

頭を下げる少年に驚く。
今までこんなことはなかった。
いつも強気で強引で自分の意見が一番だと信じている彼が
こんな風に行ってくるとは思いもしなかった。

驚いたのもあって手で口を覆っていた少女。

本気で謝っている彼に震える声で告げる。

「リチャード…私もごめんなさい。
最初から…あなたの意見に賛同していれば…」

少女の言葉に驚き顔を上げた。

「でも…ごめん。
僕、実際にルーブルに行ったのは初めてだったし…家のデータルームで調べただけだから…
それを押し付けてた。
君の言うとおりだった。
あの8点意外にも素敵な作品、多かったよ。」

「あら…」

照れ臭そうな笑顔で少年が言ってきた。
彼の顔を見て嬉しくなる。

「僕も小作品でレポート書くよ。」

「ホントに?」

「うん。データがすべてじゃないってよく解ったよ。」

「そう…」

ほっと安心して笑顔になる少女を見て嬉しくなる少年。




少年は少女の目の前に昨日、見つけて拾ったネックレスを出す。

「あ… ファリア… コレ… 見つけたんだ、地下駐車場で。」

「失くしたと思ってた…四つ葉のクローバーのネックレス?」

「うん。チェーン切れてるし直してから渡すよ。」

「いいわ。ロンドンに帰ってから直してもらうから。」

少年の手の上のネックレスを取ろうとするがギュッと手の中に包まれる。

「いいんだ。僕が見つけたんだ。
僕に預からせてくれないか。
もう一度…贈らせて欲しいんだ。」

強く言われ拒否できない少女。

「…解った。じゃ、よろしくね。」

「あぁ。それまで僕が預かっておくから。」

「うん…」


実は制服のシャツの下にずっとつけていた少女。

贈られてしばらくは宝石箱に入れておいたが身に着けたいと思った日からずっと昨日まで…
自分のぬくもりがまだ残ってるのじゃないかと思うと照れ臭い気がした。



「…そろそろ戻ろうか?」

「うん。」


部屋の前まで少年は送ってくれた。

「おやすみ…ファリア。」

「おやすみなさい、リチャード。」

笑顔で部屋のドアをくぐる少女を見送るとワンフロア下の自分の部屋へと戻る。





ふたりは少しずつ絆が知らず知らず深くなっている事に気づいてなかった。
まだ自覚のない仄かな恋…









   *****

―ロンドン


少女の両親は学校側とパリ市警から連絡を受けて驚いていた。

娘の誘拐を未遂に防いだのはリチャードが早く気づいたからだと聞かされたから。




少女の父と母は笑顔で向かい合い話していた。


「私の娘と…リチャード君には何かしら縁があるようだな…」

少女と同じ黒髪の父は顎を撫でながら言う。

「そのようね… いつも、あの子を助けてくれるのは…リチャード君。
すっかり騎士(ナイト)様ね。」

美貌の誉れ高い伯爵夫人の母は笑顔で夫に言う。


「はは…そのとおりだ。
このまま行けば、あと10年もすればあの子たちの結婚式が見られるかもな…」

「えぇ…そうですわね。」



少女の両親は予感していた。

大人になったふたりの結婚を…












fin


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(2005/9/2&3)


*あとがき*

11歳のリチャードと10歳のファリア…
って何処まで描くんや!?

大人の恋愛を書いてばかりだと脳内が腐るのでたまには…
っていうか、やばいシーンを外したかったら子供時代しか描けないっす(汗)





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