Unlimited  -10-





彼は部屋に戻ると彼女を背中から抱きしめ、耳元に囁く。

「…初めてふたりきりのクリスマスだね…」
「えぇ…」

「…ちょっと目をつぶって。」

「え?」

「いいから。」

「…はい。」


彼は腕を外し、そっと前に立つ。

薄く目を開けて見てると笑みがこぼれた。
悪戯っぽい笑顔の彼がいたから。
すぐにばれてしまう。

「開けないで。」

彼の言葉に素直に従う。

「はい。」


手のひらを上に向けられた彼女は何か乗ってくると感じた。
乗せられてきたのは小さな箱。

「開けていい?」

「いいよ。」

そっと目を開けると右の手の平にちょこんと奇麗にラッピングされた小さな箱。

なんとなく中身の予想がつく。

「え? …まさか?」

「開けてみてよ。」

「えぇ…。」


彼女はソファに腰を下ろし、奇麗なラッピングを解いていく。
紙箱の中身はジュエリーケース。

その大きさで開けなくても解ってしまう。

「まさか…指輪?」


パカッと開けてみると小さなサファイアのリング。

「えッ!? リチャード…コレ…?」

「僕がスイスで見つけたんだ 。
"ファリアに似合いそうだな"って思ってさ。
ついクリスマスプレゼントにって…
受け取って欲しいんだ。
スノーグローブとは別件で。」

思いがけないプレゼントに驚きと嬉しさが一気にこみ上げる。
彼は彼女の反応を見て照れ臭そうにしていた。

「…リチャード。ありがとう。
実はね、私も黙ってたのだけど、
私が選んだクリスマスプレゼント…
24日にあなたの実家に届くように送っちゃったの。」

「そうか。じゃ、向こうで受け取るよ。
ね、リング貸して。」

「えぇ。」

ケースから取り出し、そっと左手薬指にはめる。


「あ…」

「君の薬指にはめるリングは絶対に僕からのだけにして…」

「えぇ…」

ぽろぽろと歓喜の涙を流す。

「ありがとう。大事にするわ。」

「あぁ。」

彼女の嬉し涙を見て、彼もまた嬉しさを隠し切れない。



少女はソファから立ち上がると、纏めていた髪を下ろす。
はらりと白い肩先に黒髪が纏いつく。

「…ファリア?」

「リチャード。行きましょ。」

「え?」

「ベッドルーム。」

「あ。」

「夕方のあなたの望みを…」

少年は頬を染めていた。
もっと頬を染めていたのは少女。

揺れる細い肩を抱いてふたりは隣の寝室へと。





シーツの上で握り締められた手にはサファイアのリングが煌めいていた。




若いと親達に引き裂かれたふたりの恋は
遠くウィーンの地で燃え上がっていた―――






   *





―25日

午前中にクリスマスミサの為に教会に行っただけで
ふたりはほとんどホテルにいた。

明日、英国に帰れば こんな時間は持てないと感じてたふたりは
甘く熱い時間を過ごす。





―26日

ふたりは英国・ヒースロー行きの飛行機に乗る。

11:55発 ブリティッシュエア 701便で約2時間ほどのフライト。


ロンドン・ヒースローには13:00頃に到着。


ふたりは仕方なく少し時間をずらして出ることにした。



「ファリア、君が先に行って。」

「え?」

機内でランチが出て、最後の紅茶を口に運んでいた彼女に切り出す。

「君の父上たち、待っているだろうしね。」

「ねぇ、私達を引き裂いてくれたの、私の父よ。許せるの?」

「仕方ないよ。
娘を持つ父親の心情としては当然だろうさ。」

彼の言葉に感心してしまう。

「リチャードって優しい…」

「そんなことないよ。
自分では結構エゴイストだと思ってるけど?」

「そんなことない。
私はあなたは優しい人だって思ってる。」

彼女の言葉がくすぐったい。

「……あんなことしたのに?」

「あんなこと?」

「…第3レッスン室。」

その言葉で何が言いたいのか察し、笑顔で返す。

「…気にしてないわ。
そもそも本当に嫌な人だったら、私、蹴っ飛ばして逃げてるわ。」

「…ファリア。君のほうこそ、優しいよ。
こんな僕を許してくれた。」

「違うわ。
私のほうこそ、エゴイストかも。
自分勝手で父の気持ちなんて無視してるもの。」

「じゃ、僕達は似た者同士だね。」

「ふふッ、そうね。」


彼の肩にもたれ、笑顔を見せる。
そっと手が触れ合うと、お互いのぬくもりを感じていた。





ヒースロー空港に到着するとふたりはスーツケースを手に別れのキスを交わす。

「明日に逢いに行くよ。スノーグローブ持ってさ。」

「あ。えぇ…待ってるわね。」



「ファリア、色々ありがとう。」

「ううん。私のほうこそありがとう。」



手を振って名残惜しそうに少女はスーツケースを引っ張って
到着ロビーへと。

自分の家の運転手を探すと… 父の姿。

「え?!」

見つけた途端、父は駆け寄り娘を抱きしめ頬にキスする。

「ファリア!! やっと帰ってきてくれたんだね。嬉しいよ。」

「お父様…」

今までこんなに熱烈な抱擁をされたことがなかったので少々驚く。


「さ、帰ろう。 セーラもアリステアも父上たちも待っているよ。」

「…はい。」


父は娘のスーツケースを手に取り、娘の手を引いて歩き出す。

そんな様子の父の笑顔を見ていて、胸にちくんとした痛みを覚えた。


 (内緒で…リチャードに会ってたの知ったら…また怒りそうね…)




パーシヴァル家の車に父娘は乗り込む。


「帰ったら、まず改めてクリスマスな。
ケーキもあるぞ。」

「え? お父様… 24,25日にみんなでしたのでしょ?」

「あぁ、一応。でもお前の為にケーキもプレゼントも用意した。」

笑顔で父に告げられ、また胸にちくんと来た。

「…ごめんなさい。戻れなくて。」

「いいよ。何か向こうで用事もあったのだろう?」

「えぇ。」

「じゃ、気にすることじゃない。」



父娘がそんな会話を交わしている頃、彼もランスロット家の車に乗り込んでいた。




父は娘の左手薬指のリングに気づく。

「ファリア…その指輪は?」

「あ、コレ? リチャードがウィーンにクリスマスプレゼントだって送ってきてくれたの。」

「…そうか。
彼にもすまないことをしたな。」

「え?」

父の口から思いがけない言葉が出た。



「お前の顔が見れなくなってやっと解った。
…お前が望むなら、ウィーン音楽院じゃなくて
ロンドンの王立音楽院に編入させてもらえるよう交渉してみるが…帰ってこないか?」


「……お父様。それって自分勝手だわ!!」

「ファリア?!」

てっきり喜ぶかと思っていた父は驚く。


「私がウィーンでどれだけ淋しかったか、辛かったか…
ご存じないからそんな事、言えるのね。
やっとウィーンの生活にも慣れて、ランドール夫人にも良くして頂いて…
ウィーン音楽院の受験を乗り越えた私によくそんな事、言えるわね!!」

「…!! ファリア…」

怒りだした娘にどう返事していいか解らず、ただおろおろする父。

「知らない!! お父様なんて大嫌いよ!! 
車、止めて!!
私、降りるから!!」

もう5分ほどで邸に到着する距離。
運転手ロビンは慌てて停車させた。

自分でドアロックを外し、開けて降りていく。

父はショックで呆然としていた。


怒りと悲しみで涙を流したまま少女は真冬のロンドンの空の下を歩く。



車は令嬢の横をトロトロと同じペースで走っていた。

窓を開けて父は言う。

「ファリア。すまなかった。乗りなさい。」

「知らない!! お父様なんて嫌いよ!!」

少女は駆け出して、自宅の邸の門をくぐる。
邸の玄関にはすでに執事達やメイドたちが待っていた。

「お帰りなさいませ…え?」


令嬢が泣きながら走ってくる姿を見て、一同は驚く。
出迎えに出てきていた母と祖父母と弟は何事かと思う。
母・セーラは娘を抱きとめる。

「ファリア?! どうしたの? お父様は?」

「お父様なんか知らない!! 大嫌いよ!!」

わぁーっと泣き出してしまう。


「落ち着いて…ね、ファリア…」

母は娘の背を撫ぜる。
すぐに車が到着し、父が下りてくる。


「ファリア、すまなかった。お前の気持ちも、辛かったとも
考えずに…」

「知らない!! 
もうお父様の顔なんて見たくない!!」

母親の胸の中で泣きじゃくる娘を見て祖父は父親であるアーサーに問いかける。

「お前は何を言ったんだ?」

「それが…ロンドンに戻っておいでと。
ウィーン音楽院じゃなく、王立音楽院に移れと。」


ふうと祖父母と母は溜息をつく。

落ち込む夫に告げる妻。

「つくづく不器用な人ね、あなた。」

「どうもそうらしい。」




祖母・アニーは息子に告げる。

「アーサー…ファリアはね、初めて外国での生活を余儀なくされた。
しかもひとりきり。…私もいたけど、1ヶ月ちょっとだけ。
どれだけストレスだったか… 
リチャード君とも引き裂かれて、とても孤独だったと思うわ。
やっと生活に慣れて、自分の努力の結果の合格。
相当なプレッシャーだったはずよ。」


母の腕の中で泣いている娘の姿を見て父は意気消沈する。

「とにかく中に入りましょう…ね?」

母に促され、邸に入る。
母娘は2階の娘の部屋に行く。

部屋に入ると彼女が大好きな白とピンクのバラが飾られていた。
居間のテーブルの上にはプレゼントの箱が並んでいる。


「ファリア…コレ、私達からのクリスマスプレゼント。
ほら、見て御覧なさい。」

「え?」


涙でいっぱいの瞳を向けるとテーブルの上にはいくつもの箱。

「コレ…私へのクリスマスプレゼント?」

「そうよ。開けて御覧なさいな。」


1個目は可愛いピンクのベルトのショパールの腕時計。

「それはお爺様とおばあさまから。」

2個目に手に取ったのは淡いグリーンのイブニングドレス。
3個目には大き目のジュエリーケースで中身はルビーのチョーカーとピアス。

「それはね私から。今夜の夕食に出かけるときにと思ってね。
ルビーはまだ持ってなかったでしょう? たまにはね。」

4個目を開けると18金と24金の細いブレスレット。

「それはアリステアから。」

その他の箱を次々と開けていく。

ドレスに合わせたパンプスとバックが入っていた。


「…お父様からのは?」

「それはまた別。」

「何なの?」

「直接、聞いてごらんなさい。」

「…え?」

やっと落ち着いた顔を見せる娘。
母は電話で夫を呼ぶ。



父が部屋に静かに入ってきた。
娘が落ち着いているのを認めると、話し出す。

「落ち着いてくれたか? 
私からのクリスマスプレゼントはな…
29日と30日で1泊2日だが…旅行だよ。」

「旅行??」

「あぁ。リチャード君とふたりで行ってきなさい。」

「えっ!?」

コレには涙が引っ込んでしまうほど驚いた。

「1泊2日だし、近場で申し訳ないが… パリにな。
ふたりで行ってきなさい。」

「お父様…!?」

父の言葉に驚きを隠せない。
それにどういうつもりでそんな事になったのか知りたかった。

「丸3ヶ月近く… お前の顔が見れなくて辛かった。
確かに今まで何日も仕事で家を空ける事も多かった。
お前の寝顔しか見れないときもあった。
家にお前がいない淋しさを実感したんだ。

…お前は私の自慢の娘だ。
それだけに…リチャード君とふたりでベッドにいたことが許せなかった。
怒りのあまり、ウィーンへ行かせた。
しかしすぐ、後悔に変わったんだ。

さっきお前に言われて私は辛かったよ。
"お父様なんか、大嫌い!!" って…

お前の苦労も辛さも知らずに無神経だった。
ウィーンに行くかロンドンに残るか…お前の好きにしなさい。」

「…はい。」

父の心境を初めて知って、静かに返事していた。







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(2005/11/21)
(2015/04/23 加筆改稿)


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