-1- 「piano concours」
―――2083年6月
リチャードは飛び級で大学に進学し、3年目を終えようとしていた。
男子寮での生活にも慣れ、勉学に励みながらも大学生活を謳歌している。
ファリアもまた飛び級で王立音楽院に進み、
ピアニストを目指して日々レッスンに励んでいた。
2年生の終わりにロンドンで行われるピアノコンクールにエントリー出来るほど。
許婚の二人はなかなか忙しく逢えない日々を過ごしていたが、
夜に電話で話したり、メールのやり取りをしていた。
少女はコンクールにエントリーできたことを寮にいる彼に報告するために電話する。
「リチャード?今、大丈夫?」
「あぁ。」
久々に聞く彼女の声が耳に心地いいと感じている彼。
「寮生活も大変ね…」
「もうすぐ夏休みで城に戻るよ。」
「本当?」
彼女の声が明るくなるのがわかると自分も嬉しい。
「あぁ。」
「今日はね…ちょっと報告があるのよ。」
「何だい?」
「あのね…今度のコンクールにエントリー出来たのよ。
まだ…学院の1年生だし、難しいとは思うけど…」
「そんなことないさ。4年前のあの時だって、去年だって…
君は偉業を成し遂げた。頑張って…」
リチャードは本気で彼女のピアノは凄い才能を秘めているとわかっていた。
「…ありがとう。リチャード。」
彼に励まされ嬉しさを隠しきれない。
「ところでいつなんだ?」
「…え?あ、あのね、6月14日が予選で、15日が本選なの。残れるかどうかわからないわ…」
「大丈夫。君なら残れるさ。 …絶対に行くから。」
「時間、大丈夫なの?」
前回の学院内のコンクールも無理して来ているのを知っていた。
「あぁ。時間も取れるし… ロンドンの家にも一度戻る予定だから。」
「…ありがとう。嬉しい…」
彼女の声を聞いて涙を流しているのがわかるリチャード。
それだけでも可愛いと感じる。
「楽しみにしてるよ。」
「えぇ。それじゃ…おやすみなさい。」
「あぁ。おやすみ…」
電話を切った彼女は嬉しくて涙を流していた。
学年末で忙しいから無理かと思っていたから余計に。
来てくれると言ってくれた彼の声が胸に響いた。
***
―そしてコンクール予選
エントリーは22名。この日に半分に減らされる。
少女のエントリーNoは18。
本人は雰囲気に慣れたいと思っていた。
コンクール参加者の中でまた最年少。
入賞は最初から無理だと自分でも解っている。
去年の学院内の学年コンクールでは余裕で金賞だったが、今回はそういうわけには行かない。
それは他の学校の者もいる立派なコンクール。
やっと…大きな世界を目指すための第1歩―
控え室には両親と祖父と弟が来てくれている。
あまり大勢でいると迷惑だろうと父と祖父母は弟を連れて客席に。
母親だけが付き添っていた。
そこへリチャードが大学のブレザー姿で現れる。
走って来たらしく、少々息が上がっていた。
「よかった…間に合った。」
「リチャード!!」
彼の姿を見た母は気を利かせて控え室を出る。
「ありがとう。来てくれて…」
コンクールの舞台用のドレスを着ている彼女を見て笑顔の彼。
真っ白で後ろに大きなリボンがついている。
白い肩が露わになっていてそこにかかる黒髪が揺れていた。
「いや…ごめん。もっと早く来たかったんだけど…
寮を出る間際に先輩達に捉まってさ…。間に合ってよかった。」
彼女はそう告げる彼に見とれていた。
その様子に気付く。
「ん?どうかした?」
「あ…前にも見たけど…やっぱり似合ってる。そのブレザー。」
大学のエンブレムが入った学生にしか許されない特別な上着。
みな誇りを持って着用している。
勿論、リチャードも例外ではない。
彼女に褒められ嬉しくなる。
「そうかい?」
少しはにかむ彼をみて彼女も微笑む。
ちょっとずつ大人に近づいている彼を見ていて時々、切なさとときめきを感じていた。
場内アナウンスが入り、開始が告げられる。
ファリアと同じ控え室の王立音楽院の先輩・パトリシア=ウィンターズは
エントリーNo3なので早々に出て行く。
突然、二人きりになる。
「…無理するな。」
「えぇ。」
リチャードはそっと優しく抱きしめた。
彼のブレザーの胸に顔を埋める。
ステージ用のドレスを着ている彼女の背を優しく撫ぜていた。
やわらかな黒髪が彼の手に触れる。
控え室にアナウンス響く。
もうエントリーNo10まで来ていた。
「少し早いけど…舞台袖に行くわね。」
「…」
そっと頬にキスする彼。
突然予告もナシだったので驚いてる。
「!!」
「肩の力…抜けたか?」
「え…」
「少し…力入ってたみたいだから。」
自分でも気づかぬうちに力が入っていたことに気づく。
「あ…ありがとう。」
「じゃ、僕も客席に行くよ。」
「えぇ。」
ファリアは突然のキスに驚いていた。
今まで…何度か頬にも唇にもキスされた。
でも、少し今までと違う何かを感じていた―
ドレス姿の彼女は舞台の下手の袖に。
薄暗い中、彼女より前のエントリー者たちが立っていた。
あと…5人で自分の番。
今、舞台で演奏しているロンドン音楽院のギルバート=パーマー(22)が今回の金賞候補。
演奏が終わると盛大な拍手。
パーマーが下手に下がってくる。
順調に進み、ファリアの番。
名を呼ばれ、舞台に上がる。
リチャードの視線を感じ、ぬくもりを思い出し演奏する。
***
予選は無事通過出来た。 明日は本選。
控え室に戻ると一家5人と彼が待っていた。
母と祖母が笑顔で出迎える。
「お疲れ様、ファリア。」
「ありがとう。お母様、おばあ様。」
満面の笑みの父が娘の肩を抱く。
「さ、予選通過を祝って食事に行くか。勿論、リチャード君もな。」
少年にウィンクする父。しかし彼は頭を下げる。
「いえ…今日はここで失礼します。両親も待っていますので。
それじゃ…また明日。」
少し残念そうな顔を向ける少女だったが、すぐに笑顔を見せた。
「ありがとう。来てくれて…」
「明日もこの調子だ。頑張って…」
「えぇ。」
彼は一家に別れを告げ、ロンドンのランスロット邸に帰ってゆく。
パーシヴァル一家はレストランで夕食を楽しむ。
明日のために早く休む少女。
***
本選当日―
予選通過の11名の抽選。ファリアは9番目となった。
昨日と同じく控え室に現れた彼。今日もブレザー姿。
鏡の前で母に髪をセットしてもらっていたため椅子に腰掛けていた。。
彼女の母が席を外した時、背中から抱きしめられる。
「!!」
「昨日の調子で頑張れ…」
「…うん…」
そっと彼の手に触れると安心する少女。
少年はやわらかな黒髪に唇を寄せていた。
アナウンスが開場を告げる。
「ほら…行っておいでよ。僕も客席に行くから。」
「うん…。ありがとう。」
昨日と違う黒のベアトップドレスで舞台に向かう。
ファリアの前はパーマー。
素晴らしい演奏が会場を満たしていた。
昨日と同じ曲。しかし何処か本調子でないことに気づく少女。
演奏が終わり、下手に下がってくるパーマー。
名を呼ばれ、舞台に上がる少女の足取りは軽かった。
何故かさっきの彼の手の感覚を思い出す。
優しく背から抱きしめられるような気配。
曲が終わった時、ときめきが心を満たしていた。
***
パーマーと同じくらいの喝采。
ファリアの後は二人。エントリーしたものすべての演奏が終わり、審議に入る。
11名は客席に用意されたシートで発表を待つ。
結果…やはり本調子ではなかったがパーマーが金賞。
ファリアは…優秀賞となった。
まだ16歳という若さを考えれば十分するほどの名誉だった。
一家5人とリチャードに囲まれ嬉し涙を見せる少女。
夕方6時から…エントリー者と受賞者。そして父兄を招待してのパーティ。
リチャードは彼女の受賞を喜びながらもパーティは遠慮しようとしていたが
彼女の父親に連れて行かれる。
思わぬ展開に嬉しくなる彼。
「いつも来てくれてありがとう。リチャード…」
「いや、僕が君の演奏を聴きたいんだ。」
「いつでも…弾いてるじゃない。」
彼の言葉に嬉しくなるがつい言ってしまう。
「舞台の上はまた別なんだよ。」
「そう??」
黒髪を揺らし自分を見上げる少女がたまらなく可愛い。
彼は平静を装いながらも抱きしめたくなる衝動を抑えていた。
両親と祖父母はコンクール主催者であるサー・ウィルソンと話していた。
社交界で顔見知りらしく談笑している。
リチャードとファリアは椅子に腰を下ろし二人で話していた。
彼はいくつかの視線を感じていた。
自分と彼女を見つめる視線。
それは羨望と嫉妬が入り混じったものだとわかる。
今回の受賞者のひとりということを除いても、パーシヴァル家の娘ということを除いても
目の前の彼女の可愛らしさを見ていればすぐに理解できる。
そんな中、二人に近づいたのは彼女の指導をしている王立音楽院のブライアン=カー教授と
同じ優秀賞受賞のロビン=ハドソン。
「今日はおめでとう。Missパーシヴァル。
我が校としても16歳での受賞は稀だよ。」
カー教授に言われ照れる少女。
「ありがとうございます。カー先生。」
「…見事だったよ。」
21歳の先輩ハドソンにも笑顔で言われ頬を染める。
「ところで…Missパーシヴァル。隣の彼は?」
つい聞いてしまったハドソン。
「あ…あの、幼馴染で許婚…なんです。」
「ほう…」
カー教授は目を細める。
ハドソンは複雑な顔をしていた。
「それでは君も貴族の家柄なんだね?」
「はい。」
カー教授は納得した顔を見せる。
「彼は…隣の領地の公爵家の跡取りのリチャードです。
私と同じ学年ですけど…大学に行ってます。」
「そのようだね。ブレザーでわかるよ。」
英国内でもトップの大学だと一目でわかる。
握手を求めるカー教授。
ファリアが紹介する。
「王立音楽院のブライアン=カー教授よ。
先生、こちらは…」
「リチャード=ランスロットです。彼女がお世話になっているようで…」
「ランスロット家ということは、これまた名門だね。」
「いえ…」
はにかむ笑顔を初老のカー教授に見せる。
「…リチャード。こちらは先輩のMr.ロビン=ハドソン。」
一応笑顔で握手を求めるハドソン。
「よろしく…」
「こちらこそ…」
昔から、彼女に憧れる男に嫉妬されるのに慣れていた―
To #2「ambivalence」
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(2005/6/3&4)
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