pixie


―その日、皮肉な運命の車輪が廻り始める…




ファリア=パーシヴァルは13歳になった直後の9月頭、
入学するはずだった中等部に進学せずに
ウィーンの音楽学校へ突然行く事になる。

あまりに突然すぎて当人は唖然としたまま
祖父母に連れられオーストリアへ―





この4月に婚約が決まったばかりの少女。
相手の少年リチャードに連絡する間もないほど突然の出来事。




ウィーンに着いた直後からピアニスト・ランドール夫人の家に預けられる。

「ご安心くださいな。 きっと素晴らしいピアニストになられます。
それにこんなに美しいご令嬢ですもの…立派なレディになられる事でしょう。」


ランドール夫人にそう言われ、祖父母達は安心して可愛い孫娘を預ける。




ファリアは突然すぎて、ウィーンでの生活に慣れるのに時間がかかった。

1ヵ月後、なんとか落ち着けた少女は婚約者の少年にメールする。

謝罪の言葉と今の状況を説明するために。


しかし全く返事が返って来ない。
手紙も書くがなしのつぶて…


不安を感じて英国に帰りたいとランドール夫人に申し出るが
ただのホームシックだと判断され、叶う事はなかった。




―その頃、英国にいる少年は…


自分に一言もなく英国を出て、ピアニストになるためにウィーンに言ったと
他人に聞かされショックを受けていた。


「ファリアは… 僕を置いていった。 捨てていったんだ!! ピアニストになりたいから…」


少年の淡い初恋は無残に蹴散らかされていった―






誰よりも大好きで、いつか花嫁になってくれると誓ってくれた少女。
初めて交わしたキスは天にも上る想いだった。

それだけに絶望感がリチャード少年を覆っていった―







   *



少女はピアノのスパルタ教育を受ける一方でレディ教育も受けていた。
厳しすぎるレッスンの日々は少女の顔に影を落とす。
それでも健気に課題をこなし、1歩1歩ピアニストへの階段を登っていく…



少年は…悲しみを抱いたまま、勉学に明け暮れる。
元々、頭のいい少年だっただけに中等部も高等部も そして大学さえも
飛び級で卒業していく。


そんなリチャードが17歳で大学4年生の春―


突然、彼女の父親からファリアのデビューパーティのエスコート役をして欲しいと言われる。
彼女の両親も自分の両親も彼女と絶縁していることなど、一切知らなかった。
リチャードが彼女に対して抱いている感情さえも。


それでも彼が断らなかったのは… 心のどこかでまだ彼女を求めていた―


それを本人は自覚しないまま、デビューパーティを迎える。





彼女はデビューパーティの為に4日だけ英国に戻ってくると言う。
およそ3年半ぶりに会うファリア―   どんな乙女になっているだろうと思っていた。




リチャードは燕尾服を着て、彼女の控室へと迎えに行く。
16歳に成長した彼女に会う緊張と淡い期待。
しかしあの時の自分の絶望感を思い出すと 胸が苦しく締め付けられる。






そして… やっと逢えたファリア。


彼女は予想以上の乙女に成長していた。

身長は160センチもなく小柄だが、生来の華やかさで存在感は十分備えている。
黒髪は縦巻きにされ、アップにセットされている。
白い首筋とデコルテが髪と対照的でとても美しい。

公爵家代々に伝わる豪奢なティアラとチョーカーを身に着けているが
その輝きに負けない可憐な美しい乙女―――



   (この…乙女が…?!)


リチャードの心は一瞬で鷲掴みにされていた。

「お久しぶりね…リチャード。」

その可憐な声は変わらない。

「あ。うん… 久しぶり…」

見とれてしまってつい返事してしまう。




「元気…だった?」
「あぁ。」


はにかむ彼女の笑顔を見て、つい3年半前の怒りを忘れてしまいそうになる。
それでもポーカーフェイスを保ちつつ、腕を曲げ声を掛けた。

「さ。行こうか?」
「…はい。」


彼の手に導かれ、パーティ会場へと向かう。
乙女はどきどきしていた。


デビューパーティを迎えたと言う緊張と…ずっと逢いたかった彼に逢えた幸福感に包まれている。


会場につくとアナウンスが入り、ふたりが紹介される。

フロアに出てふたりでワルツを披露。



少年の腕の中でふわりと舞う乙女に招待客たちは見とれていた。


自分の腕の中で妖精のように可憐に踊るファリアを見て
心奪われているリチャードがいた。


   (どうして… 君は… あんな事をしたんだ?  僕を置いて…)



思わず切なくて悲しい思いに駆られ、顔に出そうになるが
ぐっとこらえる。


   (今日は… 主役のエスコートなんだ… 役に徹しなきゃな…)



どこかはかなげで可憐な乙女に人々は魅了されていた。




乙女は自分をリードしてくれている彼に声を掛ける。

「リチャード…素敵な紳士になったのね…
私、一瞬わからなかったわ。声変わりもして…」

「そうかい?
僕も戸惑ったよ。」

この状況では話しかけられても無視できない。
リチャードは感情を押し殺して応える。

「…ホント? 私、変わった?」

「あぁ…奇麗になった。」


彼の言葉で頬を染める。
しかし目の前の彼の笑顔は何処かぎこちない。


   (多分…まだ、怒っているのね… 
    ちゃんと謝って、説明しなきゃ…

    でも、今はダメね。 パーティが終わったら、呼び止めて…話ししなきゃ…)


彼の腕の中で決心していた乙女。




ワルツを終えると、ピアノ演奏をする事になっている。



モーツァルトとショパンの名曲を演奏する様は客の心を掴んでいる。
リチャードだけは…素直に聴けずにいた。



   (僕を…置いて捨てていったんだから…コレくらい弾けて当然だろう…  )


冷めた瞳で乙女を見つめる―







パーティも終りに近づく。

乙女は彼の姿を探すが、会場にいない。
もしかして帰ってしまったのかと使用人に尋ねると城内にはいるとのこと。


主役自ら彼を探す。


「いないわ… やっぱり。 中庭かしら…?」


薄暗い中庭に向かう。






リチャードは認めたくなかったが、まだ彼女を求め愛していることに気づいた。


   (僕はやっぱり…馬鹿だな。 ファリアは僕のこと、捨てたんだ…  )


ひとり中庭のベンチで黄昏ているとどこぞの伯爵令嬢が近づいてきた。

「サー・ランスロット…おひとり?」

「あぁ…」

何処か蟲惑敵な色を湛えた瞳―


リチャードの隣に腰をおろし声を掛ける。

「…ファリア=パーシヴァル… 奇麗になってたわね…
あなた昔から彼女の婚約者なんでしょ?

私達のいる世界なんて愛ない結婚なんて当然だものね…
あの娘だってウィーンに恋人でもいるんじゃないの?」

くすくすと笑いながら言われると確かにその通りだと思う。
名目だけの夫婦も多い。


まだ今も婚約者だけれど… ファリアに愛を求めるのを諦めた瞬間だった。



そんな彼に気づいたのか伯爵令嬢はリチャードにキスしてきた。

「ん…」



激しく舌を絡め、唾液が混ざり合う。


「ね、サー… もっと…」
「あぁ…」



彼は木陰に女を連れて行き、もっと激しくくちびるを貪る。

「ん…ぁあ…」


女のくちびるから漏れる声は艶めき扇情的ではあるが
彼の心に響く事はなかった。

彼の頭の中ではまだ乙女がいた。

彼女を求めても求められない、求める事などもうしないと思っていても 本心に気づく。
キスの相手がファリアなら… どんなにいいかと… そう思ってもどうしようもないと…

彼女に出来ない事を目の前の女で実行する。




ファリアは中庭に彼を探しに出て、ぐるりと一周すると
何処からか女の甘い声が聞こえた気がした。


「いない…?」


「あん… サー…」

思わず女の声が気になった乙女は探してしまう。

見つけた先には… 絡み合う男女の姿。

「!? えっ!?」

後ろ姿でもわかってしまった。
女を抱きしめキスしているのは間違いなくリチャード。


「う…嘘ッ!!」

彼の手は女の身体をまさぐっている。


「い…イヤぁッ!!」

思わずその場を走り去る。
美しく施されたメイクは涙で流れ、髪も少し乱れてしまった。



城内の廊下ではぁはぁと呼吸を乱し、涙が滲んでいた今日の主役―



「ファリア…どうかした?」

少し様子がおかしい娘に声を掛けるのは母セーラ。

「お母様…」
「どうしたの?リチャード君とケンカでもした?」
「違うわ…」
「じゃ、何かあったの? キスでもされそうになった?」
「何も…」

ふうと溜息をつく母。

「もう…こんなになってしまって… しょうがないわね。」
「ごめんなさい…」
「ま、いいわ。もう1時間もしないうちに終わるから…部屋に帰りなさい。」
「…はい。」

やはり暗い瞳をする娘が心配だったが、疲れたのだろうと思う母。

「リチャード君にはちゃんと私から挨拶しておくから…」
「もういいの。彼、帰ったから…」
「そうなの…」

母はその言葉に何の疑いもなく微笑む。



乙女は自室へと引き上げる。


メイドたちに手伝ってもらってドレスを脱ぎ、お風呂につかって
ベッドに入る。



ひとりになると先ほどの光景が頭から離れない。


「う… 嘘よ…」


ぼろぼろと涙が溢れ、枕を濡らす。


「リチャード…もう…私のことなんて… どうでもいいんだわ。
キスさえも求めてもらえなかった…

女として… 認められてないのね…」



いきなり見せ付けられた現実。
17歳になった彼は自分なんかより、大人の女性との恋に走ったのだと…


失恋の痛みで胸が潰れそうに苦しい。

「う… ぅ…  愛してるのに…もう… 無理なのね…。
今更…もう…」



英国社交界にデビューしたその夜、最悪の失恋をした―













   ***


リチャードがドレスの上から女の身体をまさぐるとくちびるから甘い喘ぎ声。

「ああん… いいわ…もっと…」


女に囁かれても何も心は感じない。
熱い吐息を肌で感じても心は熱くならない。
しかし肉体は下半身は反応していた。


女は自らドレスをたくし上げ、淫らに誘う女の欲望のままに誘われていく−




パーシヴァル家のローレン城の中庭で
この日の主役のエスコートの少年は見知らぬ伯爵令嬢と…



心の中で名を叫びながら−




   (ファリア… ファリア… 君なら… 

    君を連れてさらいたい… 
    僕だけを見て、僕だけを…
    
    愛してくれ……!!)




なかなか果てない彼に突き上げられ、女は何度も絶頂を迎えていた−




   (君の心は、僕にないのに…   )


仮面の頬を一筋の涙が伝っていた―








   ***




ファリアは4日間英国にいる予定だったが、
パーティ翌日にはウィーンへと戻っていった。
リチャードのいる英国にいるのが辛くて悲しかったために…






心の痛手を忘れるためにも一層レッスンに打ち込み実力を増していく。
それは指導しているランドール夫人も驚くほど。



めきめきと頭角を現し、
18歳になる少し前の2084年7月のコンクールでの金賞受賞を機にプロデビューすることとなる。


奇しくもリチャードが地球連邦のルヴェール博士の結成するビスマルクチームに選出され
ガニメデ星行きが決まった頃―


この頃からファリアは英国内外の大衆紙を賑わす事に。

それはランドール夫人の元にハリウッドの映画スターがお忍びで
ピアノのレッスンに通い始めたからだ。


21歳の若きムービースターとプロデビューを控えた美貌の英国公爵令嬢。

嘘八百を並べ立て 新聞を賑わせられていた。




実際は――
ファリアは兄のように慕っていた。
ムービースター・スティーブ=レイも実の妹と同い年のファリアを可愛いと
妹同様に思って接している。


彼女は男の人の心が解らないと相談していた。

今は絶縁関係で、失恋の相手。
けどまだ婚約者…


そんな彼をどう接すればいいのかと…



彼は勿論そんなことは知らず、
次々と新聞に上がってくる男達の名を見ては苛立ちを覚えていた。
自覚症状に気づく事もなく…



「キライだよ、こんなファリア… 
もう僕の知ってる…ファリアじゃない。」


口ではそう言っていても…心の奥底では求めていた…




どれだけ他の女を抱いても、心が乾いていくだけ。
一時的に身体は満たせても 心は満たされない…



ビルマルクチームで任務に明け暮れている時は忘れられた。




時々、夜、一人の時に不意に思い出す。




―――あの…12と13で交わした誓いの優しいくちづけ…




―――僕が愛したファリアは… 12歳の…      もう…いないんだ…

―――今の君は… 美しくて可憐なピアニストだけど… 
―――僕にとっては ただのファリアでよかったんだ…





ずっと…少年の日の恋を秘めていた−











fin

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(2005/10/4)

*あとがき*

ふたりの関係・リセット編のデビューパーティ前後の二人の想いと行き違い。

ぶっちゃけ、ちょっと(かなり?)かわいそうな時期を過ごしてます…
ふたりとも… 
それだけに「persona 〜re:set」の最後は甘甘??





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