lost sight of …
その日、僕と出会った少女の中に彼女を見た。
初めてまともに少女を見たとき… 不意に似ている気がした。
少女の名はシンシア―
黒髪に近いダークブラウンの髪が彼女に似てる気と感じた。
つい勢いで詩の手帳を渡してしまったことを、少し後悔している。
確かに少し心が動きそうだと思ったけれど、
深夜、ビスマルクのコクピットでひとり
彼女を思い出してみると 全く違うと…
やっぱり違う。
瞳も声も 纏う空気も…
僕が真実、愛しているのは彼女なのだと思い知る―
あの日の彼女… ファリアが僕の胸に焼き付いてる…………
***
―2083年7月
ふたりとも、夏の休暇に入って2日目…
僕の愛馬で遠乗りに出た。
いつものように穏やかな時間を過ごす僕たちを突然の雨が襲った。
どっちの城にも戻ることが出来ないと判断した僕は
大叔父が住んでいた邸に彼女を連れて行き、雨宿り。
ずぶ濡れの僕達は暖炉のある部屋で服を乾かし、身体を温めた。
そこで彼女はずっと抱いていた悩みを僕に打ち明けてくれた。
"王立音楽院で ストーカーされてる…
いつか… 襲われるのじゃないかって怖い… "
ただでさえ小柄で華奢で…可愛い少女の彼女が
大の男に囲まれて怖い時があると聞いて僕は衝撃を受けた。
(やっぱり僕は大学に行くべきじゃなかった…
ファリアを守るためならなんでもするのに…)
彼女は… 僕に震えながら告げてきた。
「私の初めてを貰って欲しいの…
リチャードじゃなきゃ、イヤ。
絶対はじめての男(ひと)はあなただって決めてるの…」
彼女の言葉を聞いて僕は身も心も震えた。
大切にしたい愛する少女が頬を染めて、震える身体で僕に抱きついてくる。
幼い頃から漠然と好きで気がつけば恋してた。
いつも頭から離れない。
初等部の頃は無邪気にふたりでよく遊んでいた。
でも、中等部に上がる少し前位から…少し何かが変わった気がした。
あの当時は理解できなかったけれど…19になった今なら解る。
おそらく彼女が子供から少女になったのだ。
その頃から僕は「女の子」として意識し始めた―
わずか5センチの身長差だったのに僕は急に身長が伸び始め
彼女の胸が少しずつふくらんでいく。
逢うたびに「女」を意識しすぎて 眩しくて彼女が見れない時があった――
もう無邪気な幼馴染として見ることが出来なくなっていく。
僕達の身長差が10センチになった頃、
学校行事のひとつで男子部女子部合同のイベント・舞台劇「白雪姫」
少々トラブルはあったが彼女が姫で僕が王子に決まった。
ラストシーン間際の棺に眠る姫にキスするシーンで僕は…
可憐な姿を見て、本気で唇にキスしたいと初めて思った。
( あの可愛いくちびるに触れてみたい…)
その感情に僕は最初、戸惑いを覚えた。
今までだって頬にキスくらい何度でもあった。
けれど…初めて自分の欲望に気づいた……
(抱きしめて… 黒髪を撫でて… キスしたい…)
彼女に会うたび、触れてみたいキスしたいと思ってしまう自分。
そばにいて見つめているだけでも、確かに嬉しい。
けれど… もし僕がそうしたら驚いて嫌われてしまうかもしれないと思っていた。
その頃… 僕の夢の中では…
彼女にキスする夢ばかり見ていた。
今、思い出すと、それが思春期なんだと思えて笑ってしまう。
そして、そんな中に起こった事件。
のちに"P スキャンダル"と呼ばれた…
僕のクラスに編入してきたアメリカ人で実は年上のプリングルス。
図書館で僕と逢っていた彼女に目をつけ、気に入ったらしい。
ヤツはわざわざ僕に宣言して時、はっきりと自分の想いに気づいた。
「僕は…ファリアが好きだ。 家柄も血筋も関係ない!!
彼女自身が…」
頭で考えるより先に口から出た。
ヤツは僕の言葉を聞いてすぐに駆け出し、その場から離れた。
思惑に気づいて追いかけていくと、
芸術棟の外のベンチでフルートの練習をしていた彼女に襲い掛かっていた。
彼女の悲鳴を聞いて僕は、カッときてヤツを殴り飛ばした。
助け出した彼女は…服を乱され、涙でぐしゃぐしゃだったけど…
僕に抱きついてきた。
「リチャードが助けに来てくれるって…信じてた。」
怯えていた彼女が僕の腕の中で、笑顔を見せる。
僕は…ずっと思ってた。
"ファリアを守る"って…。
キスできなくてもいい。
僕が好きで…彼女を守りたい、大切にしたいと…
直後、僕は彼女にプロポーズ。
まだ13歳の僕が12歳のファリアに…
けれど笑顔で…僕の想いを受け止めてくれた。
あの時の気持ちを…僕はまだ忘れてない。
嬉しくて嬉しくて…
天にも昇る思いと言う言葉の意味を初めて知った。
その時… 初めて僕達は誓いのような思いでくちびるを重ねた―――――
それから何年も同じように季節は巡る…
*****
彼女が僕をどれだけ愛し求めてくれているのか知った、
あの夏の雨の日…
僕は更なる幸せを噛み締めていた…
「愛してる… ファリア。」
自然と口から出た。
その時の彼女の微笑が胸に刻まれている。
その時の優しいささやきをまだ耳の奥で覚えている。
「愛してる… リチャード…」
今、僕は… 彼女の温もりを感じたように思えた。
あれから2度目の夏が来る―――
*
翌日も夜、眠れず…3段ベッドから出てコクピットにいた。
フロントの窓の外は宇宙空間。
2年前の7月―
あの日から7日後、彼女は宇宙で行方不明になった。
彼女を失ったという喪失感が大きすぎて僕は一時的に植物人間状態になってしまったけれど
…なんとか生きる目的を見つけて 今、 こうしている。
地球連邦のルヴェール博士が結成したビスマルクチームの一員。
この今の戦争が終わったら…探しに行くつもりだ。
漆黒の宇宙空間を見つめて、彼女の名を心で叫ぶ。
「リチャード…? どうした?」
不意に声を掛けられ振り返ると… リーダーの進児。
「あ? あぁ…眠れなくてな…」
「身体、休めとかないとキツいぜ。」
「わかってる…」
思わず出る溜息。
じっと僕の顔を見てきた進児が口にする。
「リチャード… 何か悩みか?」
「いや…違うよ。」
「…そうか?」
進児は普段から真っ直ぐなヤツでストレートに口にすることが多い。
しかし繊細で、人の心の機微に気づくことの出来る優しい面も持っている。
いつか進児には話そうと思いつつ、僕と彼は3段ベッドの部屋へと戻っていく。
*
―それから更に3日後の深夜
僕は宇宙の闇に彼女の面影を思い浮かべていた。
(あの頃は16歳か… もう彼女も18歳。
9月になれば19歳…
きっと素晴らしく美しい乙女になってるんだろうな… )
はぁと溜息をついていると… フロントガラスに映る進児の姿に気づいた。
「どうした…? 進児?」
「リチャード… ホントに悩み…ないのか?
宇宙に出るたびおかしいぞ。」
「進児には話しておいてもいいか…」
僕は呟くように言う。
「何だ?」
「悩み…とは少し違う気もするが…聞いてくれるか?」
「あぁ…いいぜ。夜は長い…」
訝しげな顔を向けつつ、僕の隣に立つ進児。
しばらくの沈黙の後、僕は口を開く。
「僕さ… 宇宙で…恋人を…許婚を失ったんだ。」
自分で言葉にするとどっと現実感に襲われた。
進児の驚きが手に取るように解る。
「!?」
「2年前の…2083年の"アテナU号事件"を知ってるよな?」
「あ? あぁ…最初は…機体の整備ミスとか言われてたけど…
ホントはデスキュラの奇襲を受けたって事件だな。
ビルの両親の事件の翌日の…」
「そうだ。
僕の許婚はその"アテナU号"の乗客の一人だった…」
「何だって!?」
進児が声を上げる。その顔は驚きに満ちていた。
「でも… 彼女の父親と弟は…救出された。
母親は遺体で発見され、彼女は…乗り込んだカプセルごと行方不明さ。」
「!!… それじゃ…」
「僕は信じてる。 彼女は死んでない、きっと何処かで生きてる…」
無意識に拳が震えている。
進児はそんな僕を見つめていた。
「そっか… 許婚って言ったけど、さっき恋人とも言ったよな?」
「あぁ… 幼馴染でな…ずっと彼女が好きだった。
正式に婚約したのは6年前だけど… モノゴコロつく前から…」
「そうか…」
進児は僕の顔を見ている。
僕が平静を保とうとしていることに気付いている様子。
「すまなかった… 辛いことを思い出させて…」
「いや… 進児のせいじゃない。
すべて…デスキュラのせいさ。」
「!? そ、そうだな…
俺…行くよ。 邪魔して悪かったな…」
「いいや… 進児、おやすみ。」
「あぁ…」
進児がコクピットを出て行くのをガラス越しに見ていた。
ひとりきりになると苦しさが込み上げる。
手で口元を覆う。
「ふ… くッ…! …ファリア…」
こんな女々しい僕を…君はどう思うだろう…
そんなのリチャードらしくないって一笑に付すだろうか…?
こんな僕を…愛してくれるのだろうか…?
僕から君を奪った運命を… デスキュラを憎んでる。
ひょっとしたらビル以上に…
苦しくても悲しくても 僕は戦い続ける。
君が何処かで生きてると信じて…
―――僕の姫君は何処かの悪い魔法使いに囚われてる
―――すべての試練を乗り越えて、迎え行く
―――だから… 待っていてくれ…
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(2005/9/25)
*あとがき*
「月より〜」の改訂・ぷち設定変更版です。
ここでは16の彼女が行方不明。
なので初H後の話(笑)
もう…なんだかなぁ…
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