Lost Moon
運命となったその日、彼には嫌な感じがまとわりついていた。
いわゆる嫌な予感と言う奴だった。
しかしその日に限って彼…リチャード=ランスロットの婚約者・ファリア=パーシヴァル嬢が
初めての宇宙旅行に出かけることになっていた。
そんな予感を抱きながら、彼はヒースロー国際空港へ父・エドワードと共に見送りに来ていた。
父と彼女の父親は親友でこの英国を守るという仕事を共にしていた。
「アーサー、気をつけてな。」
「あぁ。」
父親達は何気ない会話をしていたがリチャードは何事もなく帰ってきて欲しいと願っていた。
「ファリア、アリステア。気をつけてね。」
「うん!」
彼女の弟のアリステアはまだ7歳。あどけない笑みで答えていた。
傍らで彼女は微笑んでいた。
リチャードの心配をよそに彼女もまた宇宙に行ける嬉しさで心がいっぱいだった。
そうしてパーシヴァル一家はアフリカ大陸にある宇宙ポートへと向かう飛行機に乗っていってしまった。
そして空港からの帰り。
ランスロット親子は車の中でお互い黙ったままだった。
しかしリチャードが静寂を破る。
「父上。…ファリア達、ちゃんと帰ってきますよね?」
「ははははは。大丈夫だよ。お前も昨年にガニメデ星に行っただろう?」
「はい…でも…」
口ごもり心配そうな面持ちの息子に父は笑いかける。
「大丈夫だ。一体、何が心配なのだね?」
リチャードは素直に答える。
「何か嫌な予感がするんです。」
「そうか、それは取り越し苦労というものだ。お前はそんなにあの娘が心配か?」
息子の顔を覗き込む父が悪戯っぽく言う。
「ちっ…父上!からかわないで下さい!」
3ヶ月ほど前の春になった頃、家族だけではあるが息子とアーサーの娘との婚約を決めたのだった。
「ははは。すぐに帰ってくるさ。お土産を持ってな。心配するな。」
その父の言葉は何故か暗く沈むリチャードの心に届くことはなかった。
そして運命の時間。
夕食が終わり一家団欒しているランスロット一家だった。
リビングルームでテレビを見ている父と息子。そして傍らで本を読む母。
TV番組は動物のドキュメンタリーだった。
しかしそこにニュース速報が入った。
『本日、アフリカスペースポート・16時25分発のガニメデ星行きアテナU号が消息を絶ちました。
乗客乗員200名の安否はまだ不明です。』
そのテロップが流れた途端、一家は顔面蒼白になった。
「なんだって!?」
父・エドワードは慌てて電話を王室特別情報部に廻した。
「父上… ファリアは… ファリア達は…?」
父のシャツを掴みながらリチャード少年は涙目になった。
「大丈夫ですよ。」
その息子の肩を抱く母・メアリがいた。
しかし彼には漠然とした不安があった。
この不安をどう説明していいのかリチャード本人にも解らなかった。
ただ、父の電話の内容が言い知れぬ不安を拭い去ってくれる事を願った。
「うむ…うむ…。解った。すぐ行く。」
電話を切った父にリチャードは問いかける。
「父上。ファリア達は…?」
「うむ。最新情報では救命用ポッドで助かった人がいるとのことだ。
アーサーたちが助かっているやもしれん。とりあえず、私は情報部本部に行ってくる。
…リチャード、大丈夫だ。」
不安がる息子の目を見て、父は言った。
そして慌しくエドワード=ランスロット公爵は出かけていった。
父・エドワードは英国王室庁特別情報部の部長である。
彼女の父・アーサー=パーシヴァル伯爵は英国王室庁副長官である。
母はセーラ夫人。現在の英国女王陛下の次女である。
一家に何かあったら国の一大事でもあるため、エドワードは部下を使って事件の情報を手に入れた。
そしてその結果、まだ公表されていない生存者のリストを手に入れた。
その中に、アーサー=パーシヴァル伯爵と息子・アリステアはいた。
しかし妻のセーラと娘のファリアの名はなかった。

事件は突然起こった。
木星の衛星・ガニメデ星に向かったアテナU号はデスキュラの奇襲を受けた。
奴らは軍の補給物資を載せた船を狙っていたのに間違って客船を襲ってしまったのだった。
だが、ここにも多少の物資があると知ると強奪していったのであった。
船はほぼ壊滅。
しかし、乗客乗員は緊急脱出用のポッドに乗り込み助かったのであった。
だが、その中にも運悪く死んでしまった人がいた。
遺体の中に母と娘はいなかった。
だとするとポッドに乗ったまま、どこかへ放り出されたしまったことになる。
乗客乗員は200名。そのうち助かったのは80名。
遺体が発見されたのは72名。
そして行方不明とされたのは48名だった。
行方不明者の中に母娘はいた。
リチャードは父からこの話を聞くことになる。
父は夜が明けてから帰宅した。
リチャードの眼から見ても父は疲弊していた。
そして朝食の席で彼にこう言った。
「リチャード。後で私の書斎に来なさい。」
一家が朝食を終えた後、リチャードと父は書斎へと向かった。
実は既に妻には彼に言う事を伝えていた父だった。
突然の不幸に、妻はあまりにも息子が可哀想だと涙した。
しかし言わない方が残酷な事もある。
父は心を鬼にして息子に告げることにした。
書斎に入ると父は椅子に腰掛け、息子にも椅子を勧めた。
「リチャード。これから私の言う事は事実だ。実は私も辛い。
お前も辛い思いをするだろうがあえて伝えよう。」
父の言わんとしている事を薄々感じているリチャードは覚悟した。
彼は父に詰問する。
「父上、わかりました。…彼女は…ファリア達はどうなったんです?」
瞳を伏して、嘆くエドワードは話し出した。
「あの娘の父・アーサーと弟・アリステアは脱出用ポッドで漂流しているのが
連邦軍によって発見されたが…
…ファリアと母・セーラは行方不明だ。」
その言葉に自分の世界が真っ暗になっていくのを感じた。
足元から力が抜けていくような。
「う…嘘でしょう?…父上! 嘘と言って下さい!」
「私だってそう思いたいさ。 ただ…」
「ただ?」
父の言葉の続きを問いかける。
「二人の遺体がなかったから何処かで生きているかもしれないと言うことだ。」
「本当ですか?父上?」
希望がわいたリチャードをまた突き落とす。
「しかし、絶望的だ。あの緊急脱出用ポッドでは酸素が2日しかもたない。」
「そ…そんな…」
頭を抱えて泣きだすリチャードに父は言葉もなかった。
「いやだ…いやだ…そんなこと… 嫌だーーーっ!」
書斎を飛び出すリチャードを父は止められなかった。
いや、止める事は出来なかった。
彼の絶望を誰も救うことは出来なかった。
リチャードは抜け殻になってしまった。
「何故あの時、僕は彼女を止めなかったんだろう…
嫌な予感はしていたのに…
どうして何だろう…
ファリア…
僕の…
太陽。」
人は大切なものを失ってみて初めてその存在の大きさが解るという。
まさに彼はそんな状態だった。
生ける屍。
ただ呼吸をして、食事をしているだけのヒトだった。
ある晴れた日の緑の丘に座るリチャードは、
少し前に彼女に贈った四つ葉のクローバーを思い出していた。
彼の生まれたグランドベリーでは
愛の証に恋人へ幸運とされる四つ葉のクローバーを贈るものとされていた。
嬉しそうに受け取ってくれた彼女。
ファリアもその意味を知っていたのでお返しにクローバーの花で編んだ花冠を贈った。
彼女の生まれた地方では花冠を贈る習慣があった。
幼い頃からお互いに好意を持っていて、やっと一歩大人になったと言うのに。
あまりにも不幸な、あまりにも残酷な運命だった。
彼女がリチャードにとってあまりにも大きな存在だと言うことに気付いた時、
傍には彼女はいなかった。
今だに彼女を失くしたことで泣く事が出来なくなった。
いや泣けなかった。
大きすぎる喪失感は彼の涙を流すことを出来なくしていた…。
そんな息子に父は生きる気力を取り戻して欲しくてあることを告げた。
「リチャード。辛い気持ちはよく解る。ファリアを探したいのなら…見つけたいのなら、
お前が探せばいいのではないかね?」
その父の言葉に目が覚めた。
「僕、もっと勉強して宇宙軍に入る!そして宇宙に飛び出すんだ。
彼女に再び会えたら、自分の手で護れる様もっと強くなる!」
それから1年。
彼は懸命に勉学に励んだ。
14歳で学院高等部に進学し、勉学に勤しんだ。
勿論コンピューターの勉強もし、宇宙物理など学校では習わないものは
父に頼んで家庭教師をつけてもらった。
そんな頭の勉強だけでなく身体も鍛える。
ラグビー、サッカー、フェンシング、スキー、テニス、乗馬。
精神も身体も鍛えた。

2年後… リチャード15歳のそんなある晴れた日。
リチャードは休みの日に愛馬に乗ってパーシヴァル家の居城・ローレン城の近くまで来た。
丘の上からローレン城を見ていた。
緑の丘の上にそびえ建つ由緒正しい古城。それがローレン城だった。
懐かしくそして切ない顔でリチャードはその城を見つめていた。
そんな彼に気付いた人物がファリアの父・アーサー=パーシヴァル伯爵だった。
車で外出していたのだが帰り道の途中、彼を見かけたのだった。
車の窓を開け、声を掛ける。
「リチャード。久しぶりだね。」
下馬してリチャードは挨拶する。
「えぇ、アーサーおじさん。」
アーサーは懐かしくそして切ない思いになる。
「娘が…いなくなって以来だね。」
「…はい。」
二人してブルーになっていた。
「あぁ、リチャード。丁度いい。家に寄ってくれたまえ。」
そんな空気を打ち消すようにアーサーは言った。
「は、はい。じゃ、失礼します。」
「それでは私は先に城に戻っているから、ゆっくり来なさい。」
「はい。」
そう言ってリチャードは愛馬を走らせローレン城へと向かった。
ローレン城は古い。
今から1000年近く前に建てられた古城であった。
それゆえ由緒正しい貴族パーシヴァル家の城として存在していた。
久しぶりにこの城を訪ねるリチャードは少し切なかった。
それは彼女・ファリアがいないからだと自分でも気付いた。
執事に迎えられ、応接間に通される。
応接間も相当古い。そして広い。
数々の調度品。
壁にかけられた肖像画。風景画。
いくつかの写真たち。
その中に彼女の姿もあった。
「待たせたね。」
「いいえ。」
出された紅茶を口に運びリチャードは答える。
アーサーは何か小さな包みを手に応接間に現れた。
「久しぶりなので勝手が違います。」
「そうかね。」
ソファに腰掛けたアーサーは持ってきた包みをそっと置き、リチャードに言った。
「実はこの絵を貰って欲しいんだがね。」
「えっ!?」
リチャードは突然の申し出に驚いた。
絵は大事そうに真紅の布に包まれていた。
大きさはそう大きくない。どちらかと言えば小さいほうだ。
「この絵…ですか?」
「あぁ。」
大事そうなその絵を渡される。
「開けてみていいですか?」
「あぁ。開けて見てくれたまえ。」
彼は布を取ってみた。
「あぁっ…これは…」
彼が驚くのも無理はない。
それはファリア=パーシヴァルの肖像画だった。
しかも婚約した時期の。
「おじさん…この絵は…?」
穏やかな笑みで静かに語りだす。
「実は、君との婚約を決めた後、知り合いの画家に描いて貰ったんだ。
私の手元に置いておくより、
娘を好きになってくれた君の傍に置いてやったほうが娘も喜ぶと思ってね。」
アーサーは少し悲しげに言った。
「でも、おじさん。僕も確かにファリアを好きでした。いえ、今も好きです。
だけどこれはおじさんの所においておいた方が…。」
瞳を伏してアーサーは話す。
「私はもう諦めている。あれから2年だ。娘も妻も死んだものと思っている。
しかし君の父上・エドワードに聞いたのだが…リチャード。
君は娘が生きていると思っていてくれている。だから…」
「おじさん…」
リチャードはアーサーの気持ちが痛いほど解った。
突然、失った愛する妻と娘。
一度に愛するものを奪われた悲しい男。
それほどまでアーサーが言うのだからこの絵を預かろうと思った。
「でも、おじさん。ひとついいですか?」
「なんだね?」
「もし、僕がファリアを見つけることが出来たら、正式に婚約させてください。
それまでこの絵は預かります。」
思いも寄らないリチャードの申し出にアーサーは涙した。
「リ、リチャード。 …ありがとう。 頑張ってくれたまえ。」
「はい。おじさんの為に。そして僕自身の為に。」
そうしてリチャードはファリアの肖像画をアーサー=パーシヴァルから預かった。
さほど大きくない絵なのですぐに持って帰って、自分の部屋に飾った。
優しく微笑みかける白いドレスの少女。
その微笑がずっと傍にいて欲しかったものだと気付いたのはいつの日か。
リチャードはこの絵を見ながら勉学にますます励むのだった。
そしてさらに1年。
リチャードは16歳になった。
既に高等部は卒業し、オックスフェード大学もスキップで卒業しようとしていた。
もう卒論は出来ていた。
ただ、彼女への想いだけが彼をここまでにした。
そうして無事に大学を卒業すると、英国軍情報部の特別訓練センターに入った。
最年少の訓練生にも関らず、リチャードは優秀な成績を修めていた。
情報処理、剣術、銃の扱い、体術、爆弾処理、あらゆる乗り物の操縦。
そして幅広い知識。
様々な厳しい訓練にも耐えていた。
そんな中、彼に一つの変化があった。
それは「詩」だった。
いつか彼女に再会した時、逢えなかった間の自分の気持ちを残しておきたくて始めたものだった。
人に見せるものじゃないけど…この想いは彼女にだけは知って欲しい。そんな気持ちからだ。
そうして自分を高めているリチャードに魅力を感じて寄ってくる女たちはいたけれど、
彼は言葉巧みにすり抜けていた。
心にあるのは彼女だけだと。
そしてその厳しい訓練から1年。
彼は父の勤める英国王室庁特別情報部に配属になった。
成績優秀な彼には「少尉」と言う肩書きがあった。
さらに1年。
女王陛下からの指令が出た。
<地球連邦軍ルヴェール博士が設立する「ビスマルクチーム」に参加し、
ガニメデ星に平和を取り戻すこと>
そしてその指令を父でもある情報部部長から聞いたとき、
非公式な文が追加されていたと言うことだった。
〔我が英国女王として告げる。立派な騎士になるための武者修行と思え。
そして自分の光を見つけることだ。〕
その真の意味はリチャードの心に染みた。
彼女を探し出せと。
ファリアは女王陛下の孫娘だから。
そんな大切なファリアを探し出すことができるのか……?
それは運命の女神スクルドだけが知っている…
fin
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あとがき
はい、やっぱり一気書き〜★
リチャード成長記???
なんだか脳内が怪しい(?)ワールドになってます私。
やばいですよぉ!
このまま行ったらマジで結婚するまでの話になっちゃうよ〜
描けるのか私(汗)
最後の〔運命の女神スクルド〕は北欧における運命の女神ノルン3姉妹の末娘で
未来を司どるんだそうです。
原典は「ペルソナワールドガイダンス」(笑)ですが調べたらボコボコ出てきそうだ。
この原稿も元はワープロ時代(笑)。
結構古いネタです。今回も加筆しまくりです。
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